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| 2001パリ〜ダカールラリー(総走行距離10,739km/内SS(競技区間)6,180km) | '01 1/22発行 |
大会最終日/最終レグ
新世紀パリ〜ダカールラリー、三菱パジェロが制する
三菱パジェロ 総合優勝!
ユタ・クラインシュミット、女性ドライバー初のパリダカ制覇
「チーム日石三菱ラリーアート」増岡浩総合2位
2001 パリ〜ダカールラリー ・ 総走行距離1万739km / 内SS距離6180km走破
![]() パリダカ史上初の女性ドライバー優勝の快挙達成! ユタ・クラインシュミットの三菱パジェロ 1月21日ゴール・ダカール |
第23回2001年パリ〜ダカールラリーは1月21日(日)最終日を迎え、大西洋ダカール海岸からラックローゼ(バラ色の湖)を1周する第20レグ(総走行距離95km、SS25km)を行った。前日首位に上がった三菱パジェロのユタ・クラインシュミット(ドイツ)がパリからの総走行距離1万739km(内SS6180km)を通算70時間42分6秒で走り、女性ドライバーとしては初めて総合優勝を飾った。三菱は1983年のパリダカ初参戦以来6度目の総合優勝である。
栄光のラックローゼにゴールしたクラインシュミットは言った。「信じられない。夢のようです。まだ信じられない。昨夜はよく眠れませんでした。胃はキリキリ痛んで、いっそすべてを投げ出してしまおうかと思いました。もちろんメマスオカモにも申し訳ない気持ちがありましたが、自分の優勝のチャンスを選ばずにはいられませんでした。パリダカ優勝が女性で初めてだということはさほど私には重要ではありません。女性であろうがなかろうが、私は一人のドライバーだということです。三菱がチームオーダーを出さなかったのにも感謝しています」 ラリー最後の第20レグはダカール海岸からラックローゼへと向かい、湖を一周してゴールするコースでSSはわずか25km。そのSSも例年は実質“パレード走行”のようなものだ。しかし今年は最終日までもつれ、パリダカ史上稀に見る激戦となった。クラインシュミットのわずか2分後には増岡がいた。わずか95kmといえど、万が一何かあったらクラインシュミットにとっては最後まで息詰まる道のりだった。 パリダカを制するにはスピードも重要だが、安定して走り続けることも同じぐらい重要だ。篠塚建次郎、フォントネらパリダカ優勝経験者(各々97年、98年)の彼等らは、突然のトラブルで大きくタイムロスしたが、クラインシュミットには大きなロスがなかった。終盤は総合3位を目指し、リスクを避け堅実に走り続けたのがこの日の勝利につながった。しかし、スピードに欠けていたわけでもない。シュレッサーの執拗な抗議によるペナルティーで一時順位は下がったが、SS9では堂々のトップタイムでゴールしている。クラインシュミットは堂々優勝に値する素晴らしいドライバーである。
公式なチャンピオンとして祝福されるのがクラインシュミットだとすれば、もう一方の“真のチャンピオン”は言うまでもなく増岡だと多くのプレスは報道した。増岡はその素晴らしいスピードとテクニック、勝利への情熱でパリダカを見るファンをくぎ付けにした。第3レグの砂地の特設SSでは三菱パジェロの特長を存分に見せSS首位を勝ち取り、初の総合トップとなる。そして、モーリタニアに入り砂丘の戦いになると、増岡のドライビングは冴え渡った。今大会最大の難所、第13レグのティジクジャのループSSでは後続に19分49秒もの差をつける活躍。最後の砂漠ステージの第15レグではパジェロよりも約600kgも軽量のプロトバギーのシュレッサーとのデッドヒートを制しての勝利など実に合計5回のSSトップタイムを記録した。そして第17レグでは奇跡の“27台抜き”を見せたのだった。メマスオカモは今日はどんな走りを見せるのか?最後は誰もが増岡の走りを心待ちにするようになった。増岡のパジェロがキャンプ地につくと世界のメディアが彼に群がり取材攻勢を受けた。仏レキップ紙一面では、新しいサムライが登場したとも報道された。 史上稀にみる激戦の中、毎日の総合首位は7回も入れ替わった。その中で増岡はすさまじいプレッシャーにうち勝って、第3レグおよびラリー後半の9日に渡って首位を保ち続けた。連日のシュレッサーらとの闘いの模様は各国に報道され、メマスオカモの名前は世界中に知れ渡った。日本にパジェロのメマスオカモがいることを新世紀パリ〜ダカールが証明した。 ●「チーム日石三菱ラリーアート」増岡浩インタビ ュー(三菱パジェロ/総合2位)
優勝を目前にしてシュレッサー(シュレッサー・B・ルノー)の“違反”スタートに起因するトラブルで優勝を失った。クラインシュミット(三菱パジェロ)は両手を高々と上げ、初の勝利に満面の笑み。増岡に聞いた。 ―大変なラリーでしたね。 「総合2位でゴールしました。自分ではずっとトップを来たので残念ですが、思い切って走ったことには満足しています」 ―いろいろなことがありました。 「嬉しいこと、悲しいことの凝縮された21日間でした。プレッシャーをはねのけてここまで走ってきました。自分としては一気に3段階上ったように思います。自分はもっと弱いかと思っていましたが、そうではない、と言う自信もつきました」 一番つらかったのはいつですか? 「やはり昨日です。ルールではペナルティーで済む、とは言っても、シュレッサー、セルビアのやったことは、スポーツマンとしてやってはいけないことでしょう。昨日は人間を信用出来なくなるような気持ちでした。まさか、と思いましたよ。今考えればもっと冷静になれば、とも思います。しかし、ああいうことがあっても、自分を見失わず、しっかり走れなければいけないと感じています」 ―あの場面ではホコリをかぶって負けるか、勝負にでるかだったでしょう。 「そうです。踏ん張らないといけないところだったんです。その結果として足回りを傷めたんです」 ―大変な苦境を乗り越えたと思いますよ。 「エンジンが壊れたり、足回りが壊れたりもありましたが、トップを走っているのがいかに心地良いものかも知りました。砂漠では自分を駆り立たせるものがありました」 ―これからですね。めげずにやってください。 「自分が優勝出来る可能性のあることがはっきり分かりました。今度は“優勝請負人”みたいなドライバーを目指します。人間的にも一回り大きくなりたいし、物事に動じないようにしたいです。そういう意味で、今年のパリダカは素晴らしい勉強の場でもありました。2位は残念ですが」(ラックローゼ・ダカールで) 【 最 終 総 合 成 績 (暫 定)】
【最終レグ成績(暫定)】 ダカール(セネガル)走行距離95km / 内SS距離25km
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