Auto Gallery




コルト F2000

1971年の日本グランプリに出場した「コルトF2000」は三菱にとって最後のオリジナル・フォーミュラマシン、そして1960年代初頭から展開してきたサーキット・レース活動の休止を告げるマシンとなった。コルトF2000はコルトF2Dのシャシーを改良し、さらに空力性能を向上、コルトF2Dから引き続きラジエータをボディサイドに配置した。エンジンは1600ccのR39型エンジンを2000ccにボアアップしたR39B型エンジンが搭載された。R39B型エンジンは、三菱にとって初の2Pエンジンとして開発され、水冷直列4気筒DOHC4バルブの同エンジンは、最高出力280馬力、最高速度は290km/hを記録した。

1971年の日本グランプリは初めてフォーミュラマシンにGPタイトルがかけられたレースとなり、従来10月に開催されていた同大会は、JAFグランプリと時期を入れ替えて5月に開催された。当時最も観客を集めていた日本グランプリは、この年75,000人の大観衆が詰め掛け、名実ともに日本最大のレースとなった。永松邦臣(ながまつ・くにおみ) 益子治(ますこ・おさむ)に託されたコルトF2000は、海外からの遠征組を含め、すべてのライバル勢を退ける走りを展開し、見事に1位〜2位でゴール。三菱にとっては初のGPタイトル獲得となった。

そして三菱はGPタイトル獲得という最高の栄誉を手に、この年を最後にレース活動から撤退。三菱500が1962年にレースデビューしてからちょうど10年目のことだった。こうしてファクトリーとしてのレース活動は終了したが、三菱はR39B型エンジンをプライベートチームに貸与することで、70年代なかごろまで三菱のレース理念は受け継がれた。

主要戦績:
海外
1971 日本グランプリ 優勝

BACK

 

Auto Gallery

Copyright 1999 by Mitsubishi Motors Corporation.