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プロトタイプ・パジェロ、全マシン完走 1985年大会で見事初優勝を達成した三菱パジェロは、連覇を目指して再びパリダカに 乗り込んだ。しかし、この年1986年の大会がパリダカ史上において、最も悲しむべき 大会になったことは人々の記憶に残り続けるに違いない。ティエリー・サビーヌの非 業の死。開催期間中にヘリコプター事故で帰らぬ人となったこのパリダカ創始者の死 は、関係者に大きな衝撃を与えた。競技中止も囁かれたが、サビーヌの遺志を尊重し て競技は続行され、ディフェンディング・チャンピオンの三菱パジェロとポルシェ 959との壮絶な優勝争いが彼の死を弔いながら展開された。前年のマシンより20馬力 アップし、250馬力にまで高められたプロトタイプ・パジェロは、そのスペック通り の能力を発揮した。23ヶ所のSS中、12ヶ所でトップタイムをマークし、スピードに おいてはポルシェを圧倒していた。しかし、栄冠はポルシェの頭上に輝いた。度重な るミスコースやマイナートラブル、さらにサビーヌの死によるコース短縮の不運もあ り、パジェロは惜しくも2年連続優勝を逃したのだった。しかし、ユベール・リガル の総合3位を筆頭に5位、7位でプロトタイプ・パジェロはすべて完走を果たし、さら に市販車無改造クラスでは4連覇を達成。また、この年パリダカに初出場した日本の トップラリースト、篠塚建次郎は市販車無改造パジェロを駆り、初出場を完走で飾っ た。しかし、何にも増してこの年最大の話題、絶対的なカリスマ性を放っていたサビ ーヌの死は、パリダカの歴史において忘れることのできない出来事となった。 総合成績
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