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MITSUBISHI MOTORS

天寿を全うさせたい 塚原由行さんと三菱ストラーダ(1992年型 23年56万4000km)

※お客様より了承を頂戴し、ナンバープレートを隠さず掲載させて頂いております。

ゴルフ場のベルトコンベア

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 栃木県にピックアップトラックで23年56万km走り続けている人がいると友人Kさんから紹介され、さっそく伺ってみると言葉を失いかけるほど驚いた。

 大きな倉庫の前には、三菱ストラーダが停められていた。近付いて見ると、23年56万kmという通りに使い込まれた貫禄のようなものが漂っている。

 倉庫の扉が開いて、薄暗い中から姿を覗かせたのは、シルバーの三菱ギャランGTO。その奥には、ライトグリーンとオレンジのギャランGTOも見える。さらに、その向こうには"ギャラン"の付かないGTOもある。

 奥を見せてもらうと、三菱ジープや三菱360ライトバンや同ピックアップトラックなどもある。レストア中のギャランGTOも2台、他メーカーの1960年代のスポーツカーもある。

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 ここは一体どこなんだ!?

 外からは想像できない、まるで私設ミュージアムのような空間に呆気に取られてしまった。

 1992年型の三菱ストラーダを乗り継いでいるのは、塚原由行さん(50歳)。塚原さんはストラーダを乗り継いでいる他に、ギャランGTOをはじめとして、古いクルマを何台も持っている。

 それらのクルマも大いに気になるが、ひとまず本題のストラーダを見せてもらうことにした。

 塚原さんは、お祖父さんが創業した鉄工所を営んでいる。鉄工所にもいくつかのタイプがあり、塚原さんはベルトコンベアの製造と敷設を専門にしている。採石場で採掘された岩石などを運ぶためのものを、場所に合わせて設計するところから仕事は始まる。

 製造し、現場に合わせて組み付ける。年月が経れば、メンテナンスも任される。仕事先は地元の他に東日本のあちこちで、一時は青森県の現場まで頻繁に通っていた。

 採石場だけでなく、ゴルフ場も現場だ。高低差のあるゴルフコースのフェアウェイ脇にゴルファーが乗っても大丈夫なような幅のベルトコンベアを設営すれば、ゴルファーとキャディはキツい上り坂を登らなくても済む。そのアイデアを思い付いて実行したのは、塚原さんのお父さん功さんだった。

 アイデアは大当たりだった。多くのゴルフ場から注文が殺到した。だから、56万kmと伸びたストラーダの走行距離は当然と言えば当然だ。休む日もなく東奔西走していたのだ。

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仕事でも、レジャーでも大活躍

 ストラーダには、その痕跡がたくさん認められる。

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 白いボディには、細かい傷や凹み、サビやクスミなどが無数にある。今日のためにわざわざ洗車してくれていたみたいなのだけれども、それだけでは洗い流せない土の茶色がボディの下半分にうっすらと染み込んでいる。それらは、すべて現場に向かうために土の上を走ってきた証である。

 荷台のヘリには荷物に被せる幌を固定しやすいようにフックが追加されているし、「最大積載量500kg」の表示も取れてしまったために、マジックインキで上書きしてある。

 荷台には数え切れないほどの傷や凹み、サビなどがある。重く、尖ったベルトコンベアや資材などが載せられて運ばれたのだから当然だ。それだけストラーダが使い込まれたという証である。

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 車内にも、その証があった。運転席の座面のドア側の縫い目が破れ、中のスポンジが粉状になって床にこぼれ落ちている。ストラーダは人間ではないけれども、ここまで使い込まれていたら本望だろうし、ピックアップ冥利に尽きるというものだ。

「他のピックアップトラックよりも、ストラーダははるかに悪路走破力が高いですよ」

 ストラーダが距離を伸ばし、長い間に渡って愛用されているのは仕事に使われていたからだけではない。プライベートでも大活躍しているのだ。

 塚原さんは多趣味で、オフタイムにはソフトバレーボールとロックバンド活動に忙しい。どちらも、ストラーダは仲間と機材を乗せて試合や演奏会に出かけていく。ちょうど、僕が伺った週の週末は地域の花火大会で演奏することになっていた。

 もうひとつの趣味は、パラグライダー。パラグライダーでは、山から飛び立った仲間をチームが"回収"しに行かなければならない。その時に、ストラーダが重宝されている。

「パラグライダーに使われている生地は薄いものですけれども、大きいので丁寧に畳まないと普通のクルマのトランクには収まり切りません。そんな余裕はないので、バサバサッと丸めて荷台に放り込んでシートを掛けて固定してしまえるストラーダはパラグライダーには便利なのですよ」

 なるほど、そういう使い方もあったのか。

 パラグライダーだけでなく、たしかにピックアップトラックはスポーツに便利だから、日本でももっと乗られてもいい。

北海道から九州まで

 ストラーダの助手席に乗せてもらって、駅に向かった。Kさんを迎えに行くためだ。カラカラというディーゼルのエンジン音を聞きながら、ゆったりと走るのはのどかなものだ。

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 ストラーダに搭載されている2.5リットル4気筒の最高出力は85馬力。当時のパジェロにも同じエンジンが搭載されていた。

「ただ、パジェロにはインタークーラーが装着されていたので、その分だけ最高出力が多くて105馬力だったんですよ」

 意外なほどに、助手席で感じる乗り心地が快適だ。

「そうなんですよ。ホイールベースが長いからピッチングが少なくて、長距離でも疲れません。その点は、乗用車感覚で乗れますよ」

 燃費は13.0km/Lから12.0km/Lの間で、エアコンを使うと11.0km/Lに落ちてしまうのは設計年次の古さだろう。

「エアコンをオンにすると、パワーを喰われる感じがしますからね。だから、猛暑日以外はオフにしています」

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 駅でKさんと落ち合い、再び、塚原さんの倉庫に戻った。ストラーダは後席があるから、こういう時には便利だ。塚原さんは後席は狭いと言うけれども、僕はそうは感じない。後席も前席同様に乗り心地が良好だ。

「うわっ、これはスゴいですね」

 Kさんは塚原さんと長年の付き合いがあって、どんなクルマがあるのか知っているのだけれども、ここを訪れるのは初めてだから、一堂に会した姿を見て驚いている。

 シルバーのギャランGTOは1971年型の初期型の「MⅠ」というグレード。父親の功さんが新車で購入して、乗っていたものだ。功さんの大学時代の同級生が、当時、三菱自動車の水島工場に勤めていて、「今度、ギャランGTOっていうカッコいいクルマが出るから期待していて」と教えてくれたことが購入のキッカケだった。

 功さんはベルトコンベアの営業活動として、このギャランGTOで北海道から九州まで走り回っていた。当時は現在のようにレンタカーも普及していなかったので、ここから出発していた。長い時は一カ月以上も出掛けることもあった。まだ高速道路網も発達していなかったわけだから、一般道を延々と走り続けることが多く、その苦労が容易に想像できる。

「そうやって父親が仕事に乗っていってしまうので、子供の頃には乗せてもらったことがないんですよ」

 でも、子供心にギャランGTOを誇らしく思えることもあった。

「近所の高校生のアンちゃんたちが、"塚原さんチはギャランGTOを買ったらしいゾ"と聞き付けて、見に来ていましたから」

 42万kmの時点で譲り受け、現在は70万5000km。ストラーダを56万km乗り続けている由行さんもスゴいけれども、ギャランGTOで42万km走った功さんもスゴい。スゴい親子だ。

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最初は何も知らなかった

 塚原さんは子供の頃からクルマ好きだったわけではなかった。最初の自分のクルマは11年落ちの軽自動車だった。

「でも、なぜか古いクルマやバイクが好きでしたね。特にスポーツカーや4輪駆動車に限っているわけではないんですけど」

 三菱の古いクルマを集めるようになったのは、26歳からだという。キッカケは、書店で偶然に手に取ったヒストリックカー専門誌。

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「古いクルマを愛好する人のための、こういう雑誌があるんだって初めて知りました」

 買って帰り、隅から隅まで読んだ。ただなんとなく好きだった古いクルマの世界に夢中になった。次の号も買い、繰り返し読んだ。そして、投稿欄に「栃木県でもクラシックカーのクラブを一緒に作りませんか?」という投書を見付け、参加したいと連絡した。

 10台ぐらいが集まった中に、ギャランGTOがいた。

「そのオーナーさんはマニアでしたね。特定のクルマにノメり込むとこうなってしまうのかというくらいギャランGTOに詳しかった」

 それに対して、塚原さんはそれほど詳しいわけではなかった。

「グレードの違いも知らなかったくらいですからね。ハハハハハハッ」

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 最初の集まりで、塚原さんは悔しい思いをした。もう一台のギャランGTOのオーナー氏や他のメンバーから、自分のギャランGTOについてさまざまな指摘を受けても、何を言われているのか全然わからなかったからだ。

「このクルマはMⅠらしいけれども、なぜSLのエンブレムが付いているのですか?」

「フロントグリルがメッキされていませんね」

「ランサーセレステ用のハンドルが付いていますけれど、なぜですか?」

 僕はその場にいたわけじゃないけれども、その光景が想像できる。あるクルマについてとても詳しいマニアが、マニアックに仕立てられていないクルマに対面した時の、ちょっとファナティックなまでの振る舞いが……。

 すべて、功さんが乗っていた期間に、車検や点検に出していたディーラーの工場が、良かれと思ってこだわりなく取り付けてくれたものだったのだから仕方がない。

 でも、塚原さんはその時の悔しさをバネにして、ギャランGTOについて調べ、仲間やプロに相談し、見聞を深めていった。長年の結果が、ここにこのように結実している。

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 同じようにギャランGTOを持っているKさんとのディープな会話に僕は付いていけないほどマニアックなのだから、悔しさは報われましたね、塚原さん。

 ストラーダとMⅠは多くの走行距離を重ねているが、他のMⅡ、2台のMR、GS-Rなどはあまり走ってはいない。レストア途中のものもあるから、じっくりと手を加えながら楽しんでいくつもりだ。

 ストラーダには、少しでも長く乗り続けたいと思っている。八都県市条例によって、古いタイプのディーゼルエンジン搭載車の使用が制限されているが、乗れなくなるまで乗り続けるつもりだ。

 大きな修理も何度か経験している。19万kmでマニュアルトランスミッションを交換したのは、5速に入らなくなり、やがては4速にも入らなくなってしまったからだった。

 28万kmでは、タイミングベルトを交換。東北自動車道を走行中に二本松インターチェンジ付近で切れた。最近では、53万kmで燃料噴射ポンプを交換した。燃料漏れが発生したからだ。

「天寿を全うさせたいですね」

 塚原さんなら、きっとできるだろう。もしかしたら、ストラーダもギャランGTOのように天寿を全うした後にピカピカにレストアされているのかもしれない。

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