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MITSUBISHI MOTORS

5回転目のオドメーター

※お客様より了承を頂戴し、ナンバープレートを隠さず掲載させて頂いております。

昭和の大ヒット作

昭和の大ヒット作

幸いにも「バン」と「ワゴン」が混同されなくなって、もうずいぶん経つ。

「バンは商用で荷物をたくさん運ぶことを目的とし、ワゴンは乗用車の延長線上にあるから荷物も積むが、乗り心地や静粛性などセダンと変わらぬ快適性を第一に考え設計されている」

一般的なバンとワゴンの定義だ。でも、昔は二つが混同されていた。2ボックス型のボディにテールゲートが付いているクルマは、すべて“バン”と呼ぶ人が多かったのである。
現に、筆者の父親なども初代の三菱ミラージュを見て「三菱の小さなバン」と呼んでいたほどだ。
ライトバンの存在感も大きかった。
今は、バンもワゴンもハッチバックのコンパクトカーも、ぞれぞれ違いがあることはよく認識されるようになった。でも、昔はまだクルマとクルマを取り巻く認識がそこまで成熟していなかったのだ。

昭和の大ヒット作

1976年に登場した三菱ギャランΣは、その後の三菱自動車工業を押し上げた大ヒットした4ドアセダンだが、バンもラインアップされていた。正式名称を「ギャランΣ エステートバン」という。

そのギャランΣ エステートバン(以後、エステートバン)に乗り続けている東川 慎さん(49歳)に会った。
待ち合わせ場所に着くと、遠くに駐っているエステートバンが見えた。

昭和の大ヒット作

ミニバンやSUVが人気の現代の感覚からするとエステートバンは背が低く、小柄だ。
最近のクルマでは見掛けないブラウンメタリックのボディカラーと側面の木目プリントによって、遠くからでもひと目でわかった。

ギャランΣはセダンもエステートバンも以前はよく見たのに、最近ではほとんど眼にすることがなくなった。デビューから40年以上も経つのだから当然かもしれないけれども、ちょっと寂しい気もする。

挨拶もそこそこに助手席に乗せてもらった。
ボディカラーとコーディネイトされたダークブラウンとライトブラウンのインテリアや各メーターが横一列に並べられ、細長いユニットとして設置されているのが斬新だ。エクステリアデザインだけでなく、インテリアの造形と色彩も新しい感覚でまとめられている。いま見ても十分に個性的で、魅力がある。大ヒットの理由は、そこにもあったのだろう。

昭和の大ヒット作 昭和の大ヒット作

スピードメーター内の距離計は「22132.6km」を示している。

「5周目に入りました」

ということは、実際に走ったのは42万2132.6km!

「5万6000kmで購入したので、私が走ったのはもっと少ないですよ」

とは言っても、36万6000kmにもなる。でも、それで驚くのはまだ早い。
東川さんが購入したのが2001年のことだから、製造から21年も経った中古車で現在までの17年間で36万6000kmも走ってきたのだ。年間平均2万km以上のハイペースである。
どうして、そこまでエステートバンに愛着を抱き、そんな長距離を走り続けてきたのだろうか?

モチベーションが高まる

モチベーションが高まる

東川さんはトラック販売会社の営業マンだ。主な得意先は運送会社。大手ではなく、中小規模の会社が多い。それらを回って新車の注文や、納車したトラックの整備や車検などを受け付けるのが主な業務である。

担当する地域は定められてはいるものの、相手は広範囲に広がっている。こちらの都合に合わせて問い合わせが来るわけではない。運送会社は街中にはないから、仕事はクルマを自分で運転して訪問することから始まる。
東川さんは、“借り上げ車両”制度によって営業にこのエステートバンを使っている。借り上げ車両制度とは、営業マンが会社のクルマを使うのではなく、自分のクルマを使う制度のことだ。
東川さんの会社では、借り上げ代金として毎月1万円が会社から支給され、〈9km/1リッター〉という燃費基準に基づいて燃料代の実費が支払われる。

モチベーションが高まる

「自分のクルマを運転してお客さんのところを回ることが、仕事に対するモチベーションを高めています。車内で過ごす時間も長くなるので、自分のクルマの方がいいですね」

そうしてエステートバンを走らせた結果、走行距離が伸びに伸びて36万6000kmにもなってしまったというわけだ。

会社に就職した年に自分のクルマとして三菱ランサー・ワゴンを買った。

「その時もエステートバンを探しましたが、見付かりませんでした」

東川さんは、ジャズとクラシックを演奏するバンドでドラムスを担当していたので、それを運ぶためにランサーワゴン以前にも荷室の大き目なクルマに乗ってきた。スキーやキャンプにもクルマを活用していたから、なおさらだった。

モチベーションが高まる モチベーションが高まる

シャリオやマグナワゴン、ミラージュ、ランサーターボなど、三菱車が多かった。

「三菱のクルマに思い入れがあるのは、父親がコルトギャランに乗っていたことが影響しているのかもしれませんね」

農薬を販売する会社に勤めていた東川さんの父親は会社の営業車の三菱車をいろいろと自宅に乗って帰ってきていた。

「中でも、ギャランΣのセダンを乗って帰って来た時のことはよく憶えています。“なんてカッコ良いいんだろう”って、それまでの三菱車にはないものを感じました」

ちょうど母親が運転免許証を取得し、参考のために購入した徳大寺有恒氏の『間違いだらけのクルマ選び』や『女性のための自動車運転教室』などの書籍を東川さんも一緒に読んだ。

モチベーションが高まる

「徳大寺さんは日本車に厳しく注文を付け、その一方で輸入車の個性の幅広さを好意的に紹介していました。世の中にはいろんなクルマがあることを教えられ、クルマを通じて知的好奇心を大いに刺激されました」

クルマのカタログを集めるようにもなり、自動車雑誌にも眼を通すようになった。

母親はランサーEXの1600XLのAT版を買った。東川少年は「ギャランΣにしようよ」と懇願していたのだが、予算が限られていることから退けられた。
でも、1600XLは最上位グレードだった。

8年間顔を出し続けた

いつものように自分のクルマで向かった得意先に、エステートバンがあった。伊藤モータースという修理工場だ。そこが近くの顧客に納車し、10年ほど後に買い替え下取りで戻って来たものをモータースの主人が引き継いだものだった。
東川さんが譲ってくれませんかと主人に頼んだが、ダメだった。その後、仕事での訪問も含め、東川さんは8年間顔を出し続けた。

「一度は諦めたんです。だから、コレクションしていたカタログも捨ててしまいました」

しかし、諦め切れずに「シグマオーナーズクラブ」のホームページを眺めたりしていた。

8年間顔を出し続けた

「クラブメンバーたちが年式や走行距離に関係なく楽しんで乗っている様子がホームページからうかがえました。30万km、40万km乗っている人だっていることに驚かされました。“昔のクルマだって、意外と乗り続けられるんだ。クルマって長く乗れるものなんだ”って、認識を改められました」

興味を持ったので、ホームページ経由でコンタクトを取ってみた。さっそく返信が来て、メンバーの一人と会うことになった。彼は大学生だったが熱心に活動していて、エステートバンやセダンのカタログ持参で東川さんの職場まで会いに来てくれた。そのメンバーとは現在でも交際が続いている。

「若いメンバーと話して、“なんとかなるかもしれない”と思うと気持ちが楽になり、手に入れて乗り続けようかという自覚も生まれました」

大学生のメンバーは、帰り際に「良かったら、差し上げますよ」と持って来たカタログをくれた。

「彼と出会わなかったら、このクルマに乗っていなかったでしょう。恩人ですね」

8年間顔を出し続けた 8年間顔を出し続けた

その後、訪問の間隔が空いてしまっていた伊藤モータースの前を通ると、置いてあるエステートバンの車検が切れていることを東川さんはステッカーの色から見抜いた。さすがはプロである。
すぐに訪問し、また、「譲ってくれませんか?」と切り出した。価格交渉の末に、東川さんは念願のエステートバンを手に入れることができた。

構造変更申請

登録時に、ひとつ問題が発生した。東川さんが住む地域で登録するためには、バンからワゴンへの構造変更を申請して陸運局に認められなければならなかった。
登録する地域によって、NOx法による規制を受けるためだ。どうすれば登録できるか、東川さんは陸運局に相談に行った。

結論は、エステートバンをバンの4ナンバーではなく、ワゴンとして5ナンバーで登録することだった。
規制を受けるのは4ナンバー車だけだからだ。

NOxの発生源であるエンジンや排気系統の構造を変更するのではなく、バンとワゴンによって規制の有無が定められていたのだ。バンとして造られたエステートバンをワゴンに仕立て直すことで登録できることがわかった。
係官から指示されたのは、安全に関わる部分でエステートバンがギャラン・シグマのセダンと同じパーツを使っていること証明することだった。問われたのは、以下の3点だった。

ステアリングシステムが衝突事故の際の衝撃を吸収するコラプシブル構造を備えているか?
同じく、ダッシュボードが衝撃を吸収する素材を用いているか?
シートベルトが、G(重力加速度)が掛かるとロックする仕組みを備えているか?

構造変更申請 構造変更申請

エステートバンはすべて備えていたので問題なかった。なぜならば、エステートバンは日本ではバンとして販売されていたが、海外向けはワゴンとして販売されていたという経緯があった。つまり、もともとセダン(=ワゴン)と同じ安全性を備えていたクルマだった、と言えるのだ。
ただし、加えて「バンの機能を停止」するとの名目で、荷室の上下開口高を80センチ以下にすることも求められた。東川さんは、高さ5センチのパネルを敷いて対応した。商品名は「エステートバン」だったが、5ナンバーの“ワゴン”に変身したのである。

コミュニケーションツール

ナンバープレートがワゴンになったことで、次に東川さんが取り組んだのがエステートバンを本物のワゴンに仕立て上げることだった。

コミュニケーションツール

5万円で京都から買って来たギャランΣのスーパーサルーンからパーツを移植した。シート、パワーステアリング、フロントガラス、センターコンソール、アシストグリップなどだ。

「その時に、パーツをもっと取っておけば良かったと後悔しています。ハハハハハハッ」

ワゴンに生まれ変わったエステートバンを仕事に、オフタイムに毎日乗った。木目のカッティングシートも張った。
営業先の運送会社の社長さんたちは年配の人が多いので、昭和の時代の大ヒット作であるギャランΣの“バン”をすぐに憶えてくれた。

「社長、懐かしいでしょう!? でも、これはバンではなくて、ワゴンなんですよ。実はですね……」

そんな感じで会話も弾み、仕事に大いに役立った。

「社長さんたちにも憶えてもらえて、コミュニケーションツールになっています」

コミュニケーションツール

しかし、好事魔多し。走行20万kmの頃、シリンダーブロックに亀裂が入り、エンジン交換を余儀なくされた。
関東三菱自動車販売株式会社 川越南店で、工場長の横田氏のもと載せ替え作業を行なった。

トランスミッションのオーバーホールやエンジンマウントの交換などは行なっている。コラムスイッチの故障によるヘッドライト点灯不良や燃料ポンプのオイル漏れ、タイロッドエンドのガタ付きなど、細かな不具合はそれなりにあったがその都度に対処してきた。

「工場長の横田さんも、“走行距離数の多寡ではなくて、キチンと手当てされているかが重要です”と言っています。私も、このクルマに乗り続けることができて、同じ思いです。走行距離や年式の古さに対する先入観や恐怖感のようなものはなくなりました」

それでも、車検や整備で工場に入れている時間が少しづつ長くなるようになった。今は関東三菱自動車販売株式会社 蕨店に依頼している。

「将来もこのクルマに乗り続けたいので、ペースを落とせないものかと何年も前から考えていました」

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一昨年にインターネットで見付けたのが、デボネアV2000だった。
1988年型のワンオーナーで、走行距離がたったの3万8000km。28年3万8000kmと驚異的に少ない走行距離だ。

「仕事には、デボネアVを乗って行くようにしました。こっちも、社長さん連中には評判いいですよ。ハハハハハハッ」

デボネアVもまた昭和の三菱を代表する一台だ。

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「東川さんご提供写真」

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