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ネエさん、カッコいいねッ!

※お客様より「所持している車両ナンバーは、希少なため掲載して欲しい」とのお申し出をいただき、ナンバーを掲載させて頂いております。

飛行機のようなメーター

 ジープに乗せてもらうのは、何年ぶりだろうか。学生時代のアルバイト先の先輩以来だったとしたら、25年も経っている。
 深いスカットルを跨いで、乗り込んだ車内は、四半世紀昔の記憶を鮮明にしてくれた。まさに、ジープでしかない世界がそこにあった。
 あらゆるものが剥き出しで、クルマの構造体に直結している。このジープは幌型だから、ドアや屋根ですら取り払われることが前提の簡素なもので間に合わせているに過ぎない。
 ジープは体裁を繕ったり、方便を弄したりしない。見事に、機能以外のものは存在していない。"マーケティング"とか"ブランド"などという言葉が生まれる以前から、ジープはジープであり続けている。

 黒い鉄板に取り付けられた5つのメーターの様子は、飛行機のそれのようだ。よく見ると、メーターのダイヤル面は鉄板の黒ではなく、限りなく黒に近い艶消しのダークグレーだ。針にコッテリと盛られた蛍光塗料とともに、視認性の確保という機能だけが求められている。計器以上でも、以下でもない。
 手崎真理子さんは、この黒いジープに14年13万2000キロ乗り続けている。神奈川県内の自宅から都内の大学への通勤の他、休日は林道ドライブや産業遺産見学などのためにジープを連れ出している。

「外の空気や匂いを感じられるクルマが好きですね」
 ジープの前にはスズキ・ジムニーを2台、その前には3台のオートバイを乗り継いできた。たしかに、空気や匂いを感じられるものばかりだ。
「お転婆といえばお転婆でしたけど、スポーツウーマンではなかったです。自転車でウロウロしてました」
 自転車は今でも好きで、本格的なマウンテンバイクに乗っている。
 休日の郊外道路は適度に空いているところもあれば、渋滞しているところもある。ジープは、路面の凹凸に反応し、つねに前後左右に揺すられる。短いホイールベースとリジッドサスペンションによるものだ。すべては悪路走破のためにある。最近のSUVやクロスオーバー車みたいな、舗装路での良好な乗り心地なんか、これっぽっちも気にしてなんかいない。でも、そこがジープらしく潔くていい。
 エンジン音やロードノイズも遠慮なく車内に入り込んでくる。キィキィ聞こえるのは何だろう?
「あ、それはクラッチペダルレバーの擦れる音です。最近は、気にしなくていい音と気にした方がいい音の見極めが付くようになりました」
 手崎さんがジープに惹かれる理由は、どこにあるのだろうか?
 ジープを停めて、話を聞いた。
「なんでですかねぇ、なんでだろう」
 無言で考えている。
「ジョーヨーシャには、興味がありません。快適になる装備が一杯付いていますからね」
 機能一点張りで、シンプルであるということか。

「ああ、そうですね。シンプルなものは、好きですね。クルマって、"その時に一番好きなものに乗る"と決めていました。それがジープで、今でも変わりません」
 手崎さんは、とてもジープに乗りそうな人には見えない。普通は、服装や持ち物など、どこかに何かが現れるものなのだが、それが全くない。言われなければ、絶対にわからない。
「みんなから、よく言われます。意外だって」
 床から生えた細長いシフトレバーや径が大きく細いリムのハンドルを握る手崎さんの指の爪には繊細なネイルアートが施されている。
最も長く続けている趣味は手芸だそうだ。

これから組み立てます

 14年前にジープが欲しくなった手崎さんは、最初、中古車を探した。しかし、大なり小なりどこか改造されたものばかりだった。
「自分でクルマをイジれるわけではないから、何かあった時に困ります。だから、スタンダード、ノーマルの状態にあるものに乗りたかった。それは、今でも変わりません」

 自宅近くの三菱自動車のディーラーに赴き、幌型のJ55ディーゼルを注文した。カタログには、黒、白、シルバーのボディカラーが掲載され、手崎さんが選んだ黒には白い幌が組み合わされていた。しかし、よく考えてみれば、幌は幌骨に被さっているだけで、簡単に取り外しができる。ならば、他の色の幌も組み合わすことが可能なはずだ。セールスマンに問い質してみると、その通りだった。黒ボディに黒幌で、12月に注文。車両代金200万円少々のローンを組んだ。
「これから組み立てます」
 そう連絡があって、しばらくして納車されたのは翌年3月。クラブにも入らず、林道ドライブにもひとりで出掛けていた。地図で探しては、よく丹沢近辺の林道を走っていた。

 2000年、「くのいちJeepers」という女性のジープのクラブの存在をウェブ上で知った。
「8月の初ミーティングで、自分以外でジープに乗っている人に初めて会いました。集まりに行くようになって、女性同士、盛り上がりました」
 他のクラブの集まりにも参加するようになり、あちこち出掛けるようになった。林道ドライブや産業遺産見学などで見掛けた、トロッコが好きになった。

「そのトロッコが昔、健気に荷物を載せて働いていた頃のことを想像したりするのが好きでした。トロッコは旅客用列車などよりも狭いトレッドで、昔のジープに通じているところが好きです。自衛隊で使われていた73式と呼ばれる、トレッドの狭い昔のジープに惹かれるんです」
 買った時から、ずっと乗り続けるつもりだったが、その決心を揺るがしかねない出来事が起こった。改正NOx PM法の施行だ。首都圏では、ディーゼルエンジンのジープには乗れなくなってしまう。

「クラブのホームページへの書き込みなどでも、"これからどうするか?"という議論が盛んに行われていました」
 排ガス中の有害成分を除去するDPFフィルターを装着して乗り続けるつもりだったが、ジープに適したものがなくて、思案に暮れた。
 ジープを購入した三菱自動車のディーラーにも相談したりした結果、ガソリンエンジンに載せ代えることにした。
 その経験のある、日本ジープセンター川崎という業者に依頼した。見積もりは、150万円。工期1ヶ月。同じ金額で、程度のいいガソリンエンジン付きジープに買い替えるという選択肢もあった。また、違法だが、施行対象外の地域で登録し直し、いわゆる"車庫飛ばし"をして乗り続けるという途もあった。
「買い替えたり、法律に背いたりせずに、このジープに乗り続けたかったんです」
 単に、ディーゼルエンジンを取り外して、その跡にガソリンエンジンをスポンッと収め直すだけでは済まないから厄介だ。
 電装系をすべて24ボルトから12ボルトに変更し、燃料タンクの配管を交換加工、セルモーターやラジエーターなどの交換、ワイパーモーターなども巻き直したりする必要があった。さらに、新しく載せるオーバーホール済みのガソリンエンジンの排ガス検査証明を取得する必要もあった。
 エンジンを載せ代えた時の走行距離が、4万5888キロだから、交換してからの方がすでに長い年月と走行距離を共にしてきている。
 2007年に、通勤途中に故障したオルタネーターを修理した他、大きなトラブルには見舞われていない。4ナンバーなので車検が1年に1回。結果的にメインテナンスが行き届き、トラブルが少ないのではないかと踏んでいる。この2回は、8万円台だった。

幌を外した姿

 幌骨をブツけて歪ませてしまったこともあるが、中古パーツと交換した。
「この先もずっと乗り続けるつもりなので、中古パーツが活用できると助かります。私のジープに載っていたディーゼルエンジンも、どなたかのジープでお役に立ててもらっていればうれしいですね」
 お互い様ですからね。
「ジープの集まりに行くと、30年、40年以上乗り続けられているクルマがたくさん来ています。私の14年なんてヒヨッ子で、実際に、見た目もキレイで、新しい」
 毎年6月第一日曜日のジープイベントから、幌を外して参加することにしている。
「毎年9月中旬まで、オープンで乗っています。逃げちゃうので、飼っている猫と出掛けられないのが残念です」
 幌を外したジープの姿を、よく思い出していただきたい。オープンになるスポーツカーとは違って、ジープはドアも取り外すから、本当に身体が剥き出しになる。ウインドスクリーンさえ前に倒すことができるから、自分と外界の境が一切なくなる。最もジープらしい乗り方だ。ジープは、自らが部品を剥き出しにすると同時に、乗る者をも外界に剥き出しにしてしまう。
 ある暖冬の年、手崎さんは12月に入っても幌を外して乗っていた。さすがにダウンジャケットを着て、マフラーをグルグル巻きにしてはいたが、オープンのジープが気持ちいいことには変わりがなかった。
 渋滞に巻き込まれ、対向車線の流れも滞った。対向車線を行く、車高を落としてインチアップしたタイヤを履いた、いかにも"ヤンキー系"の大型セダンを運転している、これまた誰が見てもヤンキー系の風体の見知らぬ若者男性と眼が合ってしまった。

「ネエさん、カッコいいねッ!」
 若者の気持ちはよくわかる。初冬の国道246号を、フルオープンにしたジープを運転する女性ドライバー。それも、とてもジープに乗るようには見えない人なのに、実際に眼の前でハンドルを握っている。カッコ良くないわけがない。
「ヒーターが強力なので、見た目よりは暖かいんですよ。フフフフフフッ」
 何を驚いているんですか、ジープ乗りには当たり前のことですよ。手崎さんはそう言わんばかりだ。
 今年の正月休みに北陸の実家に帰省する時、途中で雪に見舞われた。横殴りの雪が、ドアの隙間から吹き込み、車内を舞っていた。
「その時は力ずくでカシメ直しましたが、幌を新調できたら気持ち良くなるかもしれませんね」
 ジープ乗りの中では新しい方に入るのかもしれないが、ところどころサビも発生してきていて、いずれ処置する必要がある。

「丸目ライトのカワイさとシンプルなところが好きで乗り始めましたけど、年を追うごとに愛着が増しています。初めは外見が好きで付き合い始めたのだとしても、次第に情が移っていく、長年連れ添った夫婦みたいなものですかね」
 今年の初詣ででは、「自分と猫とジープが健康で、調子よく過ごせますように」とお願いした。
「だんだんと、"自分のジープ"になっていくんですね。ジープ乗りって、自分のジープが一番だと思っている。"川崎44"という二ケタのナンバーは今では少なくなっていて、長く乗り続けている証しなので、そのまま掲載して下さい」
 クルマというものは、ディーラーから新車で納車された瞬間から、それぞれ持ち主の色に染め上げられていく。十人十色ならぬ、"十車十色"。手崎さんのジープは、"黒いボディに黒い幌"という組み合わせと載せ代えたガソリンエンジンが他と違うが、これからさらにどんな色に変わっていくのだろうか。

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