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人生一台がモットーです 糟谷正典さんと三菱ランサー1600GSR(1975年型 37年62万2000km)

※お客様より「ナンバープレートも年月を感じる大切なシンボルなので掲載して欲しい」とのお申し出をいただき、ナンバーを掲載させて頂いております。

51年規制はアカンわ

 ミニバンを購入する動機の最も大きなもののひとつは"子供の送り迎え"だろう。
 特に、子供が野球やサッカーなどのチームスポーツを行っていて、その試合や練習への送迎に保護者同士が交代でクルマを出し合っていたりしたらなおさらだ。
 兵庫県の糟谷正典さんと真澄さんご夫妻も、長男が中学校の陸上競技の試合に出場する時にその順番が回ってきた。

 当時ですら購入から20年を優に越えた三菱ランサーに乗っていたから、真澄さんは心配だった。

「他のウチは新しくて大きなクルマに乗っていましたから、ランサーは子供たちに嫌がられるんじゃないかしらって」

 ところが、その心配は杞憂に終わったのである。中学生たちにとってランサーは最高にカッコいいクルマに映ったのだ。

「反対に、"乗せて、乗せて"ってたくさん集まってくれたんですよ。喜んでくれて、良かった」

 一度だけ、どうしてもランサーでは運び切れない大人数を乗せなければならないことがあって、
その時はミニバンをレンタカーで借りた。

「それを知った他のウチの親御さんが、次回からは借りなくても済むように、"ランサーは荷物車になってもらいましょう"と気を遣ってくれて、レンタカーは一度で済みましたよ。ハハハハハハッ」

 ランサーは、正典さんが21歳の時に、新車で購入した。排ガス規制が厳しくなり始めた頃のことだ。
施行される「51年規制」をクリアしたクルマは、エンジンパワーは弱まり燃費も悪化するのではと危惧されていた。

「"これはアカンわ"と、慌てて親にカネを借りて注文しました」

 97万円を金利なしで借りた。クリーニング店を営んでいた生家にクルマはあったが、正典さんの初めてのクルマである。

「ランサーはサザンクロスラリーで4連勝したりしていましたからね。こんなものを、まだ持っていますよ」

 正典さんがそう言ってファイルから取り出したのは、黄ばんだ雑誌の切り抜きだ。

[新型車レポート 三菱ランサーGSR ひと踏み100km/h、初心者乗るべからず……]
『自動車工学』誌に掲載されたランサーの試乗記を切り抜いたものだ。オイルの染みが何滴も垂れている。
 オリジナルを大切にするためか拡大コピーも取られていて、その余白にはランサーと比較検討したライバル車のスペックが書き込まれている。

「(ライバル車が)みんな8キログラム/馬力台なのに対して、ランサーは7.5キログラム/馬力じゃないですか。ねっ! ゼロヨン加速も、こっちこっち……」

 これからランサーを購入しようとする人のように、正典さんは昔のことを実にうれしそうに話す。
 何十年ぶりにページを開いたというアルバムを見せてもらうと、まだ若者だった正典さんと真澄さんが
ランサーに乗っている写真が何枚か貼り込まれていた。
 中でも、糟谷さんが格別の笑顔を見せている一枚がある。富山県の黒部(黒四)ダムに出掛けた時のものだ。
 ダムは友人たちと一回、真澄さんと一回と二度も出掛けたほど気に入っていた。ダムのある中部山岳国立公園と黒部アルペンルートはランサーの軽さとフットワークの良さが発揮される格好の舞台だろう。

「この前後の頃だったと思いますが、リアのリーフスプリングを標準の2枚から、
純正部品のラリー用の4枚に改めました。急発進時のリアタイヤの暴れが収まりました」

兵庫県の西半分を担当

 正典さんと真澄さんは結婚し、長男を授かった。最初の10年間で14万キロを走行。
 その後、転職先の損保会社ではランサーを仕事用として持ち込み、ハイペースで距離を重ねた。従業員が所有するクルマを業務に使うことを認め、その分の燃料費などを負担する制度を採る企業は少なくない。
 やがて次男と長女も生まれ、休日にもランサーは休まることなく、30万キロ、40万キロ、50万キロと距離を重ねていった。
「兵庫県の西半分を担当していましたから、ずいぶん走りました」

 60万キロは、2000年に突破した。

 そこからペースが急に落ちたのは、単身赴任先にランサーを伴えなかったからだ。家族が暮らす車庫に納め、休日に帰ってきた時にだけしか乗れなくなってしまった。
 現在では子供たちは立派に成人し、それぞれ仕事に就き、自分のクルマも持っている。真澄さんも三菱コルトに乗っている。

 単身赴任先では軽自動車を使っているから、ランサーは家族のものではなく、
完全に正典さんのためだけのものになってしまった。

「あんまり乗らないのに、税金は一番高いし、部品がなかったりして車検には時間が掛かるし、家計を預かる身としては早く止めてもらいたかったですねぇ。フフフッ」

 ちなみに、ランサーの自動車税額は4万3400円。コルトが3万4500円。長男のエコカー減税対象車はたった2万円だ。
 ランサーは外見も車内もエンジンルームも、とてもコンディションが良好に保たれている。

 購入してすぐに、サビ止め剤をステップのキッキングプレートのネジ穴から噴入してあるし、ボディの全塗装も今から6年前に施してある。アルミホイールはサンドブラストした上に再塗装を施してある。

 37年62万2000kmも走っているのだから、相応な状態のところもあるけれども、そこは糟谷さんの手入れが見事なまでに行き届いているのである。
 助手席に乗せてもらって、近くを走ってもらった。

「足元のクーラーは10年ぐらい前にコンプレッサーから異音がして効きが悪くなってしまったんですよ。
2ヶ月間入庫して、直してもらいました」

 修理を依頼した姫路三菱自動車加古川店は社外の電装工事業者とともに全国を探索し、サンデン製のコンプレッサーを見付け出し交換した。
 フロントガラス上縁のドライブレコーダーは、もちろん最近になって付けたものだ。

「妻や子供たちのクルマにも付けています。万が一の時のためには付けておくべきでしょうね」

 ベテランの損保マンが家族全員のクルマに付けているというのはスゴく説得力がある。

ラジエーター冷却

 850kgという重量の軽さを伺わさせる、文字通り軽快な走りっぷりだ。少しのボディの揺れを伴いながら、吸気音と排気音が耳に心地よい。

「通勤途中に、キャブのニードルバルブが段付き摩耗して、ガソリンがオーバーフローしちゃうのを道端で直したことがありますよ」

 クルマのどこを、どう直したのか。あいまいなところがなく、一を訊けば即座に十が返ってくる。

「故障したら、その原因を突き止めたいし。自分で直したいタイプやしね」

 糟谷さんはランサーに乗り続けている理由をサラッと口にしながら、小気味よくシフトアップして国道を西に向かった。

「でも、今まで一度も運転中に止まったことはありませんよ。一度、ガス欠し掛かったことがありますけれど、ランサーを揺すってガソリンをキャブに送って難を逃れました」

 日曜日の国道はたくさんのミニバンが走っていて、その間を走る糟谷さんのランサーは低く、小さい。
 自宅に戻ってきて、ボンネットを開けてもらった。
最近のクルマと較べると、エンジンが剥き出しで補機類も少なく、実にスッキリとしている。

「これですよ」

 エンジンルームを覗き込むと、フロントグリルとラジエーターパネルの間に緑色のホースが真横から延びてきていて、その先端ノズルがラジエーターパネルに向いている。

「そのホースはここにつながるんですよ。ちょっと待ってて下さい」

 そう言うと、糟谷さんは白と緑のプラスチック容器のようなものを持ってきた。乾電池で動くモーターが入っていて、水を噴射するポンプだ。

ポンプを助手席の床に置き、ダッシュパネルの穴から延びてきているホースのもう一方の端をつなげた。
「ラジエーター冷却です。WRCカーのランエボみたいでしょう!? 見ていて下さい」

 ボンネットの前に戻ってノズルの先を注視していると、先端から霧状の水が扇型に拡がりながら勢い良く噴射されてラジエーターパネルに吹き付けられている。

最近のクルマと違って、糟谷さんのランサーは真夏にクーラーを働かせたりすると、オーバーヒート気味になることがある。そういう時のために、水の気化熱を利用して冷却水を冷やす、このシステムを考案し、自ら製作して取り付けた。

なんでも長く続ける

 クルマの整備や修理を自分で行う人は珍しくはないが、問題解決のためのアイデアを考え、自分で工作して具現化してしまうところまでやってしまう人はなかなかいない。糟谷さんは創意工夫と工作の人なのだ。
 玄関先の植木にピンポン玉大のテントウ虫が止まっていた。もちろん本物ではなく、糟谷さんが木工で作ったものだ。

「ランサーに以前のようなペースで乗れなくなってしまったので、最近は木工や園芸に夢中になっています」

 部屋に戻り、見せてもらったのが"受話器ホルダー"。固定電話の受話器を肩にはさんで他のことをするためのものだ。会社の同僚たちのために少しずつ改良を加えて、月にひとつのペースでもう7つも作った。

「クルマだけじゃなくて、ひとつ始めると、ずっとマジメに続けるんですよ」

 真澄さんは、糟谷さんの性向をそう教えてくれた。

「たしかに、そうだっ。いま言われて初めて気付いたよ。ランサーでしょ、『自動車工学』でしょ、献血でしょ。みんな続けているね」

 雑誌の購読はランサー購入以前から続けており、月の一度の献血は高校3年生からだ。

「休みの日は、身体を動かして何かをしたいんです。仕事は、揉め事の仲介で神経を遣ってますからね」

 真澄さんは、単身赴任して働いている糟谷さんを労う言葉を続けた。いたわり合う夫婦の美しい姿そのものである。

「でも……。結婚前は、脱輪したクルマを引き上げてあげたり、
ロックしちゃった人のクルマのドアを開けてあげたり、スゴいなぁって尊敬していたんです」

 じゃ、今は違うんですか……?

「クルマにはこんなに詳しい人なのに、ビデオの録画予約もできないんだって結婚して初めて知りましたから。フフフッ」

 真澄さんはユーモア精神旺盛だ。正典さんは、優しく微笑みながら反撃に出た。

「オマエよりクルマの方が付き合いが長いから、よう手放さんよ。ハハハッ」

 ふたりは、とても仲が良いのである。だから、家計を圧迫するから止めて欲しいとは言いつつも、強く求めているわけではないようだ。糟谷さんの性格と好みがそうさせているのであって、他に好影響をもたらしていることもあると真澄さんは見抜いている。

「パーツが手に入らなくなるまで乗りたいですね。"まだ乗れるのだから、もったいない"というのは建前半分ですが」

 残りの半分は、もちろん"本音"で、糟谷さんはランサーにずっと乗り続けたいのである。

「"人生一台"がモットーですから」

 ほとんどの人は、建前だろうが本音だろうが、こんなに愛着をもって一台を長く乗り続けることはできない。糟谷さんの場合、長く愛する対象がランサーだけではないという点で、もう一度、驚かされてしまうのである。

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