※お客様より「ナンバープレートも年月を感じる大切なシンボルなので掲載して欲しい」とのお申し出をいただき、ナンバーを掲載させて頂いております。


着物はずっと日本人とともにあるものだけれども、最近の言葉で表現すれば“エコ”なものである。
修復が必要になれば分解して、パーツごとに手当てすれば良いから無駄がない。仕立て直せば体格の違う人間が引き継いで着ることもできる。スタイルが完成されているから流行に惑わされることもない。実際に、僕は父親が着ていた大島紬の着物を仕立て直して正月などに着て楽しんでいる。
解いて洗い、ノリを付けて張る“洗い張り”というオーバーホール方法もある。染みを付けて汚してしまった時などにも、汚れを抜き取る技術が確立されている。つまり、着物は“持続可能な”衣服なのである。しかし、残念なことに僕らの生活様式の西洋化が進み過ぎてしまったので、日常的に着物を着るのはほぼ職業的に必要な人に限られてしまった。
和歌山市の中心部にある「張正」は、そうした着物の洗い張りや染み抜き店だ。1886年創業の老舗。主人の小倉正基さんが三菱タウンボックスを13年17万2000km乗っている。

ワンボックススタイルの軽自動車であるタウンボックスは、張正のカンパニーカーであると同時に小倉さんのファーストカーでもある。他にグランディスとランサー・ターボも所有しているほどの三菱車好きだ。
「もっと前から、うちはずっと三菱なんですよ。“ピジョン”って知ってますか?」
父親の正さんは経営こそ正基さんに任せるようになったが、83歳の今もとてもお元気で店に立っている。
“ピジョン”というのはシルバーピジョンのことで、現在の三菱自動車の前身に当たる新三菱重工業の名古屋製作所で1946年から64年まで製造されていたスクーターのことである。
正さんはシルバーピジョンにまたがって、お得意さんのもとを訪れ、仕事に精を出していた。やがて商売も広がり、シルバーピジョンは4輪の三菱500に変わった。その後、500はコルト600に、600は、同1000、同1500、ギャラン2000と順調にステップアップしていった。
ちょうど、店舗の斜め前に和歌山三菱自動車販売のショールームがあり、小倉家とはシルバーピジョン以来の長く親しい付き合いが続いている。常務取締役の日比幸次郎氏などは新人時代に担当していたほどの古い付き合いだ。
ギャラン以降も、ギャラン・ラムダ、ジープ、デリカ、ミニカや3台のミニキャブを乗り継いでいる筋金入りの三菱党だ。ウイリスMBという珍しいものをはじめ、何台かの輸入車にも乗っているが、日本車では三菱だけ。

家の斜め前にディーラーがあるという理由の他にも、小倉さんが三菱車ばかりを乗り継いでいる理由がある。
「三菱のクルマは、“職人の造ったクルマ”という感じがしますね。カッチリと造ってあるんです」
クルマは何でも好きなので、他メーカーのディーラーを訪れて試乗させてもらうことが時々ある。そういう時には必ず、三菱車との違いを感じるという。
「グランディスを買う時に、当時ベストセラーだった他社のミニバンを比較試乗しました。たしかによくできていましたけど、グランディスの方がしっかりとしていました」

タウンボックスにしても、小回りが利いてよく走り、ブレーキが良く効くところが気に入っている。初期型なので、パーキングブレーキレバーが運転席のシートとドアの間に設置されている。
「左手でシフトレバーをニュートラルに戻しながら、右手で引くことができるのでとても使いやすいです」
乗り降りする際に足にブツかってしまうのではないかというのは乗ったことのない者の余計な心配だ。

「ここの前は広い道ですけれども、昔からの地域は細い道ばかりですよ。そういうところを通らないと辿り着けないお得意さんもいらっしゃるので、軽じゃないと駄目なんです」
それは理解できるけれども、軽のワンボックスでは荷物の積載量が限られてしまわないのだろうか。
「着物ですから、畳めば大した量にはなりませんから、十分なんですよ」
なるほど。
張正は老舗だから、全国いや全世界に顧客がいる。最近でも、アメリカ、カナダ、中国から着物が送られてきて染み抜きを依頼された。
また、静岡県の下田にもお得意さんがいて、父子でタウンボックスを運転して行く。夜中の0時に和歌山を出発し、東名高速に変わるところまでは正基さんが運転し、沼津で東名を降りて再び正基さんが正さんからハンドルを代る。天城越えして到着するのに片道約8時間を要する。
ランサー・ターボの方が楽なのではないか?
「いやいや、反対です。確かにランサーは速いですけれど、つねにハンドルを細かく微調整していなければなりません。修正ばっかりせなあかんからシンドいですね。つねに微調整していなければならないのはヘリコプターの操縦と一緒ですよ。タウンボックスはランサーほどには速くはありませんが、ラクです」
正基さんはヘリコプターを操縦する。
わざわざ下田まで行くというのは、それだけいい顧客だということだ。
「特別な着物をお求めになるお客さんがいます。無形文化財の作家が作った着物をお求めいただいた時など、あちこちから十枚ほど集めてお持ちしました。一枚が300万円から500万円もする着物ですから、送るわけにはいきませんからね」
一、二枚ならば手持ちして電車で向かうこともできるが、十枚ともなるとそうはいかない。ましてや高価なものとなれば、タウンボックスに乗せて慎重に運ばなければならない。
そんな大事な商談にもタウンボックスに乗られているわけで、名実ともに張正のファーストカーである。

13年17万2000kmの間には故障もしている。事故もあった。正さんが交差点で直進しようと発進した時に右折してきた他社のコンパクトカーと衝突した。正さんはブレーキを踏んでハンドルを切り、避けようとしたが相手のボディのサイドに激突してしまった。
「エアバッグが開かなかったんだ」
幸いにして怪我はなかった。
「相手車両は“く”の字に曲がって、タウンボックスのフロント部分も大きく凹むほどだったんだけど、エアバッグが開かなかったのはおかしいと思って、三菱自動車のお客様相談室(現在はお客様相談センター)に電話したんですよ。“スイートスポットを外れたので、開かなかったのでしょう”というのが回答でしたが、“そんなものなのかなあ?”と肩透かしを喰らったような気がしました。ハハハハハハッ」
スイートスポットとは言い得て妙だが、点検の上に修理して乗り続けているのだから、それで問題はなかったのだろう。(*)
親子二代にわたる長い付き合いなので、正さんも正基さんも余裕ある姿勢で三菱に接している。手の内にあって、すべて見通されているようだ。でも、時代も変化していて、ディーラーも昔の通りではないことを承知している。
「三菱自動車には、技術力と応用力を持ったエンジニアを育てて欲しいですね。最近のクルマはよくできているから、故障したとしてもエンジニアが工夫して直すことが少なくなってきています」
一例として正基さんが笑いながら挙げてくれたのは、以前にジープのポイント調整を依頼した時のことだった。交換を終えてジープを引き取って再び乗り始めても、ノッキングは治まらなかった。もう一度工場を訪れて、返ってきた答えに正基さんは呆れてしまった。
「“ポイント交換が必要ですね”。この間交換したばっかりじゃないですか!」
同じメカニックだったというから驚いてしまう。
「そんなのエンジニアじゃのうて、“チェンジニア”や。部品をチェンジするだけやったら、誰にでもできるやん。ハハハハハハッ」
チェンジニア!
「あとは、ちょっとしたことでもすぐにやってくれるし、助かっています」

小倉さんのお話をうかがっていると、「呆れてしまうぐらいならば、さっさと他のディーラーで買うなり、他のメーカーのクルマに乗り換えるなりしたらどうなのだろうか?」と訝ってしまった。しかし、聞けば聞くほどその信頼感は確かなものだった。愛着というのは、多少の齟齬など乗り越えて長く続いていくものなのだ。
ディーラーと顧客というよりは、コミュニティというか近所付き合いの間柄のように見えてくる。
グランディスを注文する時に、強力に推したのは正さんだった。
「大変な時なんだから、助けてやれよ」
リコール隠し問題の直後で売り上げが大幅に落ち込む中、ディーラーはお客様の信頼回復に努めていた。正さんはそういう時こそ長年の付き合いに報いるべきだと主張したのだ。
「次に乗り換えるのだったら、“タウンボックスのデンキ”がいいかな」
すでに軽ワンボックスの電気自動車としてミニキャブ・ミーブが発売されているが、正基さんは250kmぐらいの航続距離を持つ軽のワンボックスを望んでいる。
「それやと京都を往復できるんです。お客さんのところに行くのに、充電しないで帰ってこれたら理想的。いま娘が小学生なので、彼女が免許を取るくらいまでにはバッテリーの性能が上がっていたらいいですね」
細い道での取り回しの良さと経済性が張正でのタウンボックスの使命である。パワートレインがモーターとバッテリーに置き換わっても、それは変わらないだろう。静かに走れるから、さらに向いている。


*:運転席・助手席SRSエアバッグの作動条件
◆作動するとき
乗員に重大な危害がおよぶような強い衝撃を車両前方から受けたとき。
例.約25km/h以上の速度でコンクリートのような固い壁に正面から衝突したとき
◆作動しないことがあるとき
衝突により車両前部が大きく変形しても、衝突した位置や角度、衝突したものの形状や状態などによって、作動しないことがあります。車両の変形や損傷の大きさと、エアバッグの作動は必ずしも一致しません。
例.斜め前方から衝突したとき