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あした自分の三菱デリカ・スターワゴンを手放すという坂口憲司さん(43歳)と会った。
待ち合わせ場所の駅前ロータリーに現れたスターワゴンは頭ひとつ抜けた背の高さで遠くからでもすぐにわかった。
スターワゴン特有の高い助手席に乗り込むと、後席には奥さんとお子さんがふたり乗っていた。坂口さんは、明日ひとりで遠く新潟県までスターワゴンを届けに行く。
「スターワゴンは旅仲間が乗ってくれるんですよ」
“旅仲間”とは、ユースホステルで友達になった人のことらしい。
ユースホステル!
懐かしい。僕も10代の頃によく利用させてもらった。たしか新宿のデパートの中の営業所に出掛けていって会員登録したのを憶えている。配られた分厚いリストブックから泊まりたいホステルを選び、往復ハガキで申し込むんだったっけ。
スターワゴンに乗せてもらいながら、少しのあいだ坂口さんとユースホステル談義で盛り上がった。

ユースホステルには、夕食後に「ミーティング」と称する会合が設けられていた。宿泊者が各自自己紹介を行った後に、テーマにもとづいて語り合う。単なる宿泊施設ではなく、若者たちが旅を通じて触れ合う場がユースホステルだった。
「ユースホステルでは、様々な境遇の人たちと共に同じ時間を過ごせるのが魅力です」
近年では、ユースホステルと変わらないぐらいに安価に泊まれるビジネスホテルが増え、また、“初対面の人と語り合うなんて”と毛嫌いする風潮だってある。
しかし、坂口さんはそこが好きなのだ。
「ふつうに生活していたらまず話すことのないような人と話ができて、場合によっては意気投合することだってあるところが面白いですよね」
出会いに躊躇しない人なのだ。
頻繁に泊まりに行っていた山梨県勝沼のユースホステルでは通っているうちに、裏方仕事を手伝うくらいの馴染みになった。
ある晩のミーティングのテーマは「クルマについて語り合いましょう」だった。ユースホステルのオーナー氏がクルマ好きだったからだ。
オーナー氏は気心の知れた坂口さんに頼みごとをした。
「ミーティングのテーマを知らずに参加する女性客がいるから、横に座ってフォローしてあげて下さいね」
快諾した坂口さんは自分がいちばん好きなクルマである三菱ふそうの大型バスのカタログを持参して、その女性客に大型バスの魅力を説いた。ユースホステルで初めて出会った男性から、いくらテーマがクルマについてだとはいえ、大型バスのカタログを見せられながら魅力を語られても……。
その女性客がどんな反応を示したかはわからないが、少なくとも坂口さんに興味を抱いたことは事実だ。なぜならば、その女性客はのちに坂口さんと結婚して、こうしてスターワゴンの後席に座っているからだ。


大型バスが好きなのは子供の頃からだった。自宅の近くにはまだ何路線もバスが走っていて、どこへ出掛けていくにもバスに乗っていた。
「高校生の頃に、三菱ふそうの“エアロ”というバスのデザインやディーゼルエンジン音などが好きになりましたね」
長じてディーゼルエンジン搭載のスターワゴンを選ぶようになったのもその影響にある。
その前は三菱ミニキャブブラボーの2WDと4WDに乗っていたから、バスのような四角四面のクルマが好きなのはその前からだ。「大勢の仲間とどこへでもクルマで行きたいという願望が強く、たくさん乗れるスターワゴンを選びました」
4輪駆動も必須条件だったので、迷うことなくスターワゴンを選んだ。
全国のユースホステルをスターワゴンで訪れるだけではなく、ユースホステルで知り合った仲間たちと誘い合って、また別のユースホステルに行ったりする。そうやって仲間が増えていくものだから、「日本全国隣町のようなもの」と坂口さんは笑う。
エスカレートして男性3人でニューヨーク旅行に行ったこともある。それも現地集合、現地解散。
「ホテルや交通手段の選択も旅の大きな楽しみだから、みんなそれぞれ別々でしたよ」
坂口さんは旅の上級者なのだ。
スターワゴンでは、今までに沖縄県以外の46都道府県すべてを走った。

ユースホステル仲間のひとりが、地球から月までの距離38万kmを国産スポーツセダンで走破した時に、坂口さんのスターワゴンの走行距離は18万kmだった。
「スゴいなと思いながら、自分も38万kmを走ろうと決めました」
スターワゴンは坂口さんの期待に応えてよく走ってくれた。故障と呼べるような故障は、走行12万km時のオルタネーター不調ぐらいだった。25万kmでエンジンオイルの漏れもあったが対処できた。
ボディに錆が浮き始めてきているのが気になるところだ。屋根の塗装の剥げも痛々しい。


「数年前に、コイン洗車場でシャンプー洗車したら、数回で剥げてしまいました。それまで直射日光で焼かれたこともあったのでしょうけれども、コイン洗車場のシャンプーって強力なのですね。驚きました」
エンジン始動と停止の時は負担を減らすためにエアコンとヘッドライトをOFFにしたり、水温計の針が動き出すまでは高回転までエンジンを回さないようにしたりして、坂口さんも丁寧に扱っている。
故障ではないが、購入後6年を経過した時に、走行中の車体のふら付きが目立ってきたことがあった。ダンパーを社外品に交換してみたら、ふら付きは収まったが代りに乗り心地がゴツゴツしてしまった。ゴツゴツに納得がいかなかったので、今度はダンパーをメーカー純正の新品に交換したところ、ふら付きはなくなり新車の乗り心地に戻った。
「ふら付きはダンパーが抜けているだけでした。それ以来、“メーカー純正もひとつのベストチューニング”と考えるようになり、ノーマルで維持することを心掛けています」
なるほど、それはひとつの見識だ。助手席に乗せてもらって一般道を走った限りだけれども、坂口さんの言う通り、スターワゴンにふら付きは無く、ディーゼルエンジンの振動とノイズも気にならない。
「ディーゼルエンジンの低回転から厚いトルクが出るところが好きです」
次に乗るデリカD:5もディーゼルを選んだ。
「私の場合、ディーゼルは旅の思い出と一体化されて記憶されています」
中学生の頃に、初めて夜行バスに乗ってひとりで旅行した。深夜の高速道路のサービスエリアでの大型トラックやローカル線の気動車が発するディーゼルの排ガスの臭いなどを坂口さんは記憶している。どちらも遠くに行った時の体験として身体に刻み込まれている。
サービスエリアの大型トラックやローカル線の気動車。どちらも、人や荷物を運んで黙々と長距離を走る乗り物だ。それらに自身がスターワゴンを運転して遠くを目指す姿が坂口さんの意識の中で重ねられているのかもしれない。ディーゼルエンジンは長距離走行を得意としているし、一定のペースで淡々と走り続けるイメージを抱きたくなる気持ちもよくわかる。

月まで行くだけ走ることはできなくなったが、坂口さんはスターワゴンをデリカD:5に乗り換える。
「乗り続けたいという気持ちと新しいクルマに乗り換えたいという気持ちの、ずっとせめぎ合いでした」
スターワゴンは身体の一部分と言えるほど気に入っていたが、高速道路の追い越しなどに不満を感じるようになった。特に、クリーンディーゼルエンジンの出現を知ってしまってからは、新しいクルマへの欲求が大きくなっていった。

ずっとマニュアルトランスミッション党だったが、オートマチックトランスミッションに代えれば、奥さんも運転することができる。ふたりの子供はまだ小さいけれども、送り迎えの必要は増してくるのは間違いないのだから、乗り換えるのにはいいタイミングかもしれない。
「新しいクルマで新しい家族の歴史を作っていこうよ」
思い悩んでいる坂口さんの背中を押してくれたのは奥さんのそのひと言だった。
とは言っても、19年32万kmである。簡単に気持ちの整理が付くものではない。スターワゴンの行く末も気になった。
「廃車でスクラップにされるのは忍びないですから」
思い切って旅仲間たちへのメールで心情をさらした。
「いま乗っているスターワゴンを、どなたか乗りませんか? タダで譲ります。車検10月まで、自動車税10%増し、5MT。酔狂な方がおられましたら、ご連絡下さい」
すぐに返事をくれたのが前述の新潟の旅仲間だったというわけだ。この人も国産の中型オフロード4輪駆動車を76万km乗ったという猛者である。現在は6万kmの軽ワゴンとビジネスバイクに乗っている。クルマを長く乗る人だから、スターワゴンも大事にしてくれそうではないか。
「これで廃車されずに済むと思うと安心できました。彼が乗ってくれなかったら、悩み続けて決断できなかったかもしれません」
クルマを手放そうとする時に、引き継いでくれるにふさわしい人の存在ほどうれしいものはない。クルマに限らず、あらゆるものの場合に当てはまるのだろうけれども、譲った人がそれをどう使おうが注文は付けられない。しかし、そのものの価値がわかっていて、自分と同等以上の熱意を持って使い続けてくれることを望んでしまう。
ムシのいい話なのかもしれないが、長く付き合ったものには気持ちだけでもずっと寄り添っていたくなるものなのだ。僕も先日同じような経験をしたばかりなので、坂口さんに共感することができた。

いま、坂口さんはスッキリしている。明日スターワゴンを届け、後はデリカD:5の納車を待つだけだ。
「あと最後にスターワゴンにしてやるのは、外回りを洗車して、“ありがとう”とお礼を言うくらいでしょうかね」
その言葉の通り、車内はきれいに片付けられていた。

編集後記:
金子氏の取材後、坂口様からお送りいただいたご家族とデリカD:5のお写真で
す。
