※お客様より「ナンバープレートも年月を感じる大切なシンボルなので掲載して欲しい」とのお申し出をいただき、ナンバーを掲載させて頂いております。

母屋の前に停められているのが瀬戸正功さん(42歳)の三菱ランサーGSRだと遠くからでもすぐにわかった。ボディカラーが赤だと聞いていたからだ。

近付いていくと、その赤もところどころちょっとくすみ始めてしまっている。前後バンパーやエアスポイラー、ドアハンドルなど樹脂製パーツで目立っている。
よく見るとフロントグリルのルーバーも赤い。確かこの部分は艶消しの黒色ではなかっただろうか。
「やっぱり気付かれましたか!?」

オリジナルの艶消し黒色の塗装が剥げ掛かったので、100円均一ショップで買ったスプレー塗料で塗り替えた。
それならば、なぜ赤ではなくて元通りに艶消し黒に戻さなかったのだろうか?
「赤が好きなんですよ」
フフフ、赤いクルマがお好きなのは、ランサーGSRを見ればひと目でわかりますよ。
「今まで買ったクルマは全部、赤を選びました。自分の乗るクルマって、赤しか考えられないんです」
ランサーGSRの前に乗っていたランサー エボリューションUも赤だったし、その前に乗っていたスポーツカーも赤だった。
「理由ですか!? なんて言ったらいいんですかねぇ、“スポーツカーは赤だ”ってずっと前から考えていましたから」

瀬戸さんによれば、“赤いクルマは速い、赤いクルマは自己主張が強い”というものらしい。
「スーパーカー消しゴムも赤いのばっかりでしたよ」
それはスジガネ入りだ。1976年から77年に掛けて全国の少年たちを熱狂させたスーパーカーブームの際に、文具メーカーからスーパーカー消しゴムというものが発売された。
少年たちはスーパーカーのカタチを模した消しゴムを購入し、授業の休み時間にボールペンのボタンがバネで戻る力で弾き飛ばす“レース”を行って遊んでいたのだ。
携帯電話ケース、財布、シャツ、セーター……。身の回りのものも赤を選んでいる。
「リュック、リュック」
傍らで聞いていた奥さんが追加した。
「退色が速いのは仕方がないですね。長く乗っている証のようなものだと思っていますよ」

瀬戸さんは本当に赤いクルマと赤が好きなようで、ランサーGSRのボディの退色もあまり気に留めていないようだ。自分のクルマのボディ塗装が少々経年変化を起こしていることよりも、“赤であること”が大切なのだ。自分の好みのクルマへの反映のさせ方というのは人それぞれだけれども、瀬戸さんが自分の好みを貫いていることは間違いない。それも、優しく柔らかくランサーGSRと接している。
ランサー エボリューションUは残念ながら事故で廃車にしてしまったが、次に同じ4輪駆動でターボエンジンであることには変わらないGSRを選ぶ当たりにも、その好みは現れているのではないかと思った。
「GSRは同じように速いですけれども、エボUよりも100万円ぐらい安いですからね」

そう瀬戸さんは照れるけれども、ターボエンジンで4輪を駆動する速い4ドアセダンという好みは変わらない。
好みということでは、瀬戸さんはランサーGSRに純正やアフターマーケットを問わずにいろいろなパーツを取り付けている。4枚のドアにレインバイザーを、4輪のタイヤハウスには泥よけが付けられているのが外観では目立つ。
車内でもいろいろと付けられていて、運転席回りではハンドルカバー(握る部分が赤!)やラリーカーのようなシフトノブ。前席の室内灯はLED製に交換され、後席用のそれが付いていないので、クリップ式のものをサンバイザーに挟んで、後ろに向けて照らしている。ルームミラーも標準装着されたものに大きなものが被せられてある。他にもいろいろと装着されていて、カー用品店の店内のような車内だ。

かつてのランサーGSRやランサー エボリューションが世界的な活躍を果たしたのはWRC(世界ラリー選手権)で、ファンやオーナーはランサーにそのイメージを追い求めている。雑誌やDVDでフォローする人や、中には海外までラリーを観戦に行ったりする人も少なくない。アマチュア競技に参加する人もいる。

しかし、この点でも瀬戸さんは自分流で、ラリーよりもF1が好きなのだ。カレンダーやメモパッドなどのF1グッズがもらえるというキャンペーンに惹かれて、ランサーGSRの車検整備を三菱自動車ではない自動車メーカーのディーラーに出している。
「F1グッズ目当てだったんですよ。ハハハッ」
なんとランサーGSRの車検整備は三菱自動車ではないディーラーに依頼されているというから驚いた。
「以前に出していた三菱のディーラーと違って、そのF1のディーラーからは車検の度にハガキや電話で知らせてくれるんですよ。ランサーGSRを購入したディーラーではそれはなかったので助かっています」
確かに車検の期限を過ぎてしまっては一大事だから、ディーラーからの綿密な連絡はあるとないとでは大違いだ。
でも、瀬戸さんは最近、近くの三菱自動車ディーラーを初めて訪れて、いい印象を抱いた。
「フロントグリルを赤く塗る時に、グリルを固定している小さなパーツが必要になって買いに行ったんです」
一個160円のパーツを6つ購入して自分で交換するだけだったので、さすがに“F1のメーカー”に頼むのは悪いと思ったのだ。
パーツは2日で届いた。

「同じ店ではないので直接に較べられないんですけれども、このクルマを買った頃のような昔の三菱のディーラーと印象が違っていました」
どう違っていたのだろうか。
「普通は、そんな160円のパーツだけ買っていく人なんていないじゃないですか? それこそ、車検や定期点検の際についでに頼むものですよね?」
確かに、他に何かに流用できるようなものでもない。
「応対してくれたフロントの人が、“どうかされましたか?”と訊ねてくれ、“確かに、あの部分は劣化しちゃいますよね”と自然に労ってくれるような言葉を掛けてくれ、そのパーツ以外のことにも会話が拡がったんです」
フロントマンにしてみれば代金と引き換えにただ渡せば済む話だ。でも、訊ねてみる方がより人間的で優しい対応だと、僕は思う。瀬戸さんも同感だった。
「親しみが湧いてくるような対応だったので、“また何かあったら来てみよう”と思いました」

3年前に、瀬戸さんは勤め先が変わった。以前のところはランサーGSRで通勤していたが、今のところは電車通勤だから走行距離が伸びるペースが大きく落ちた。
奥さんの軽自動車もあるから、夜間や休日にクルマが必要になっても困ることはない。若い頃のように、休みになると遠くの山に走りに行ったりすることもなくなった。手放したってもおかしくはない。でも、瀬戸さんはランサーGSRに乗っているし、これからもずっと乗り続けていくつもりは変わらない。
「乗り続けている理由ですか!? ウ〜ン、どうなんでしょう。すみません、わからないです」
居間の窓ガラス越しにランサーGSRを眺めながら、瀬戸さんは答えが見付からなくてちょっと困ったような表情をした。少し間をおいて、キッパリと言い放った。
「新しいものがいいのはわかります。夫婦の間でランサーGSRを止めようかという話が出たこともありました。でも、自分が選んだものに自信をもって乗ってきたのだから止めるなんて考えられません」
ランサーGSRはリアのデフオイル漏れを一度修理したことがあるけれど、その後は発生していない。まだまだ乗り続ける意志は変わらない。
「こうやって、毎日に眼の付くところにあるのがいいのかもしれませんね。これが地下の駐車場とかだったりしたら、気持ちも変わっていたのかも」
毎朝、窓を開けて天気を確かめる時に必ず同じところに赤いクルマが視界の隅に入ってくる。そんな安心感のようなものも、またランサーGSRを乗り続けている理由のひとつになっているのかもしれない。
「そうですね。(ランサーGSRは)意識しないでも、つねにそばにあるものなのかもしれません。他の色だったら、どうなっていたでしょう。たまたま赤で良かったのかもしれませんね」
瀬戸さんは淡々と、あくまでもマイペースでランサーGSRに乗り続けている。それが愛着を深めていくのだろう。
