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謎の焼まんじゅう屋さん 野坂敬子さんと三菱FTO(1994年型 19年19万2000km)

※お客様より了承を頂戴し、ナンバープレートを隠さず掲載させて頂いております。

達筆の手紙

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 見知らぬ女性から長いお手紙をいただいた。

 三菱FTOに新車から19年乗り続けているとある。

〈新車から十九年間、私の通勤は勿論、保育園の送迎、スポーツ少年団の配車当番、塾の送迎……と私の子育ての歴史に必要な存在でした。おそらく子育て車にFTOを使用した母親はいないと思います。又、山道ではマニュアル仕様(原文のまま)にして、ドライブも楽しみました〉

 鳩居堂の便箋4枚に達筆でFTOとの暮らしをしたためてある。

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〈メンテナンスの度、あるいは車検の度に買い替えを薦められましたが、愛着があり、費用が多少かかっても所有してきました。ガソリンスタンドで給油中に配車で乗ってもらった子(現在は成人)に声を掛けられて、FTOを懐しんでくれたり、焼きまんじゅう屋の御主人の他、クリーニング屋の若ダンナ、肉屋の社長と、多くの方々が違う車(代車など)で出向くと必ずFTOの心配をしていただきました。「FTOはどうしたんだい? 風邪でもひいたか?」と。本当に思い出のつまった車です〉

 愛着をもって乗り続け、その記憶を周囲の人たちとともに共有している様子がとてもよくわかる文面だ。

 ただ、最後まで読んでも何を伝えたいのかがいまひとつ明確ではないのだ。クレームを付けるわけでもなければ、質問があるわけでもない。それはご本人も承知の上で書いていて、戸惑っている様子が伺える。

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〈近所で焼まんじゅう(上州名物)屋を営む関根さんという御主人にFTOを手離そうかと考えている事をお話しいたしましたところ「三菱自動車にまず手紙を出してからにしなさい」と強く薦められました。初めてお会いした時からFTOをほめられ、気にしていただいていたので、この話をした時には本当に寂しそうな顔をされたので罪悪感を覚えるようにこちらも困ってしまう程でした。群馬県内の三菱自動車のディーラーさんに手紙を書くのだろうかとお話をうかがっていますと、「港区芝の益子社長宛に出しなさい。とにかく何かおもしろい返事が必ず来るはず。彼なら、何か面白い事になるはず」とその場(焼きまんじゅうを焼いている間)で住所を渡されたのです。

 何が、どのようにおもしろい返事が来るのか全く想像できませんが、熱心に提案して下さいますので筆を執った次第です〉

 19年乗り続けられたFTOとオーナーさんに会ってみたくなったと同時に、その焼きまんじゅう屋にも行ってみたくなった。僕には面識がないので、関根さんというご主人にも会ってみたい。

INVECS-U

 群馬名物の空っ風も吹かずに良く晴れた日曜日にFTOのオーナー野坂敬子さんと夫の武司さんを訪ねた。

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 ご自宅の車庫にはFTOと新しいパジェロミニが停められている。シルバーのFTOはフロントバンパーにいくつかの傷があるけれども、全体的な色艶はハッキリと残っていて、冬の陽を浴びて輝いている。距離計を見ると、19万2000kmあまり走っている。

 パジェロミニはデリカから買い替えられた。ひとり目の子供が産まれたのを機にランサーに加えられたデリカは、子供たちが独立してパジェロミニに替わった。やっぱり、ミニバンは小さな子供とともにあるものなのだ。

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 敬子さんは高校の生物の講師で武司さんは会社員。

「三菱グループの会社に勤めているわけではありませんけれども、三菱のクルマにはなぜかご縁を感じておりますね」

 FTOを購入したのも、武司さんが純粋にFTOのトランスミッションに興味を抱いた結果からだった。

「新しいトランスミッションに興味津々でしてね」

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 それはINVECS-Uというマニュアル変速モード付きの新型オートマチックトランスミッション(AT)のことだ。それまでのATはシフトレバーを“D”ポジションに入れたら、あとは主にスロットルとブレーキでスピード調整を行うしかなかった。しかし、INVECS-Uはシフトレバーを“D”ポジションから左に倒し前後させると、ギアが切り替わった。つまり、マニュアル変速することができた。手紙の〈山道では〜〉のくだりだ。

「今までにない技術だったから、そこに惹かれましてね」

 なんと、追突事故に遭って入院していた敬子さんを見舞いながらFTOに買い替えることを武司さんは提案したのだった。

「私がその頃に乗っていた軽自動車で信号待ちをしていたところに追突されたんです。入院中のベッドの上でFTOのカタログを見せられたのを憶えていますよ。ハハハハハハッ」

 敬子さんは朗らかに話す。授業もこんな感じだったら、生徒たちも楽しく生物を勉強できることだろう。

 手紙にあった通り、FTOは野坂家にあって主に敬子さんのクルマとして大活躍してくれた。エアコンが2度不調になったぐらいで、シリアスなトラブルには陥っていない。

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 ただ、左ドアを二度ブツけられたことがあって、板金修理と塗装を施した。一度は当て逃げで、もう一度は申告された。

「逃げる人もいれば、正直に申し出る人もいるんですね」

 日頃の法定点検や車検整備などは近所の坂牧自動車という工場に任せている。

「商魂たくまし過ぎないところがありがたいですね。ハハハッ」

 ユーザーの身になっての適確な仕事をデリカ以来続けてくれているので信頼してずっと任せている。

3000株分の株

 それにしても、気になるのは焼まんじゅう屋の関根さんだ。

「やっぱり気になりますよね。私たちも、関根さんがどんな方だか存じ上げないんですよ」

 野坂さんご夫妻も、関根さんには興味津々なようだ。

「では、行ってみましょうか」

 FTOですぐのところに店はあった。焼まんじゅうというのは上州名物で、ほぼ地区毎に店があってそれぞれ味が違うのだという。

 ガラス扉を開けると、奥さんが焼き台(と呼ぶのだろう)の前に立ってにこやかに迎え入れてくれた。野坂さんは5年前ぐらいから通っているから顔馴染みだ。関根さんもすぐに奥から出てきた。

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「いやぁ、いらっしゃい」

 エプロンを掛け、両袖にスパッツを付けているから、何か仕事をしていたのだろう。

 さっそく焼まんじゅうを注文してみた。ひと串にまんじゅうが4つ刺さっていて150円。あんこ入りだと230円。安いのか高いのか、焼きまんじゅうなるものを食べたことのない僕には、まだわからない。

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 ほどなくして出てきた焼まんじゅうは予想よりも大きかった。焼だんごぐらいの大きさかと思ったら、洋食屋やレストランで使われているのと同じステンレス製の皿から串がハミ出している。

 焼き立てをいただく。醤油と味噌が混ざり合わさったタレの甘辛い味が広がり、噛み進めるとまんじゅうの表面がパリッと割れ、その奥のフカフカが舌に触れてくる。味噌は自家製だという。

 今まで食べたことのない食感だ。ひと言で表すと、“柔かなせんべい”といったところだろうか。見た目は大きかったが、すぐに食べ切ってしまった。

 温かいお茶をいただきながら、関根さんに話をうかがった。

 関根保彦さんは72歳。この店は妻の経子さんが35年前に始めたもので、関根さんも10年前から一緒に切り盛りしている。その前はサラリーマンをしていたそうだ。

「あるメーカーの営業職で忙しく飛び回っていましたね」

 なぜ、野坂さんに手紙を出すことを勧めたのだろうか。

「私は三菱自動車のファンなんですよ。株主でもあるんですよ。ホラッ」

 保有している株券3000株分の証書の控えを取り出してきた。

「ギャランに10年以上乗っていました。ギャランだけでなくて、三菱のクルマはデザインが地味で、テレビCMも少ないでしょ。そこがいいじゃないですか。ねぇ」

 野坂さんも僕も一番気になっている益子社長との関係を訊ねてみた。

「ワタシが話しては差し障りがあるかもしれませんからねぇ」

 質問を変えて探りを入れてみてもガードは堅い。関根さんは優しく微笑むだけだ。

「関根さんって、きっとスゴい経歴を持っていらっしゃるんじゃないですかね」

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 FTOで野坂さん宅に戻る車中、3人で話した結論だ。

「肯定も否定もしないっていうところが、また謎めいていますね」

 いずれにしても、関根さんの店の焼まんじゅうというものが安くて美味しいことがわかっただけでも僕はうれしかった。

実は……

 野坂さんのFTOはプラスチック製のヘッドライトカバーがくすんでしまっているので、それを直せばまだまだ現役だろう。武司さんが気にしている加速時の床下からの微かなビビリ音も、排気系統のどこかの結合部分が緩んでいるだけだと推察した。

 野坂さんのお宅でお茶をいただきながら、FTOのことやお嬢さんたちのこと、敬子さんが取り組んでいる六合村の草履作りの技術伝承のことなどに話が弾んだ。

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「実は……」

「ハイ、何でしょう?」

「悩みに悩んで、実は、FTOに替わるクルマを消費税率が上がることが決まる前に注文しちゃったんですよ」

 そうだったのか、切り出しにくそうにしていたのは。ま、でもそう決められたのだから僕がとやかく言うことではない。でも、関根さんは寂しがるだろうな。

「そうなんですよねぇ」

 ただ、新しいクルマを迎えても、FTOをそのまま持っているという手もある。駐車場を借りなければならなくなるが。

「下取りに出して、スクラップにされたりするのだけは忍びないのですが……」

 野坂さんご夫妻は決めあぐねているようだった。

 2日後、敬子さんからメールをもらった。FTOを持ち続けることに決めたと書いてある。

〈カネコさんを駅まで見送った直後に、他のFTOと遭遇しました。“まだまだ珍しい存在ではないんだな”とナンバープレートを見たら、長くてもこの3、4年間所有されただけのクルマでした。

 当初、次のクルマの納車日の前日にFTOと最後のドライブに行って、翌日に引き取られる予定でしたが、“(クルマを買い替えて)はたして私たちはそんなに単純に喜べるか?” そう考えたら、手放すことなんてできないと強く思い、やはり持ち続けることにしました。FTOはこれで生活必需品としてのクルマではなくなりますが、新しい立場で活躍してもらえたらいいです〉

 新しいクルマに買い替えるには野坂さん夫妻のそれなりの合理的な判断があったのだろうけれども、メールの文面にもある通り、通勤や子育てに使うためだけではなく暮らしを共にし続けることになった。

 平日はそれぞれのクルマに乗り、休日にFTOに乗るのか? それとも、その逆なのか? おそらく、ふたりも何も決めていないに違いない。ただ、家族同然に19年間毎日一緒に過ごしてきたFTOと簡単に別れることなんてできなかったという事実を素直に噛みしめている。

〈どうでもいいこだわりですが、後悔しない人生を選ぶことにしました〉

 FTOを持ち続けるのは無駄なことなのかもしれないが、駅前で他のFTOに遭遇し考え直すことができたふたりの心の柔軟さが素晴らしいと僕は思った。愛着とは合理だけでなく、情緒も含まれて育まれるものなのだ。

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お客様から頂戴した思い出の写真です。

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