※お客様より了承を頂戴し、ナンバープレートを隠さず掲載させて頂いております。

初代の三菱ランサーエボリューションに乗る金山久範さん(52歳)は、今年の初めに追突事故に遭ってしまった。

赤信号で停車していたら、軽自動車に突っ込まれた。大きな音と強い衝撃を感じ、急いでクルマを路肩に寄せ、相手の無事も確認してから、警察に電話を掛けた。
「電話を掛けている最中に、相手はクルマごと逃げてしまったのですよ。フラフラしていたから、たぶん飲酒運転だったのでしょう」
金山さんは逃走する軽自動車のナンバーを必死に記録し、警官に伝えた。
ランエボはリヤバンパーとトランクルーム、トランクフードが大きく凹んだ。金山さん自身は背中と首に激しい痛みを覚えた。
警察が相手の身元を確認するまでには数日を要した。名義変更を怠っていたからだ。運の悪いことに、その中年男性は自賠責保険にしか加入していなかった。
まったく、災難としか言いようがない。
病院では頸椎捻挫と診断され、ランエボはパーツの確保に時間を要した。
ランエボは、運転免許証を取ってから2台目のクルマで、新車で購入して22年8万4000kmあまり乗り続けている。自分に過失がないとはいえ、今までの無事故無違反がこれで途絶えてしまった。
スポーツタイプの2ドアクーペや大排気量のスポーツバイクなどを乗り継いできた金山さんだったが、WRC(世界ラリー選手権)への参戦を伴ったランサーエボリューションの存在は知らなかった。

30歳になってから、バイクを降り、もう一度クルマに乗ろうと決めた時に検討したのは、またスポーツタイプの2ドアクーペだった。そのうちの1台である、三菱GTOを見に三菱のショールームを訪れた時に、初めてランエボのことを知った。
「GTOはV6ツインターボエンジンに4輪駆動の組み合わせでしたから、安定性も高そうだと考えていました。その時に比較検討していた他のクルマは軽量でパワフルな上に後輪駆動で、僕にはコントロールし切れなさそうだったので、気持ちはGTOに傾いていました」
しかし、GTOに決め切れなかったのは、大きなボディに狭い車内だった。
「運転席に座ってドアミラーを覗き込むと、リヤフェンダーが大きく膨らんでいるんですよね(笑)。フロントフェンダーも膨らんでいて、そこが気になりました」
決めあぐねていると、対応していたセールスマンが違うクルマのカタログを渡してきた。
「もうじき売り切れてしまいそうなんですけれども、こちらではいかがでしょうか?」
それがランエボだった。限定生産の在庫がなくなり掛けていたので、ボディカラーは白、シルバー、黒しか残っていなかった。
「エボのことはまったく知りませんでした」
しかし、4ドアの小型軽量ボディに250馬力のターボエンジンで4輪を駆動するランエボを、金山さんはひと目で気に入ってしまった。
運転免許を取って最初に乗っていたスポーツクーペは、強化された機能部品に交換したりして峠道を楽しんでいた。だから、ランエボでも同じことを考えていた。
「買った時は、どこから手を付けていこうかと楽しみにしていました。でも、乗ってみたら前のクルマよりもあまりに速い上に完成度も高くて、その必要を感じなくなってしまいました」
だから、今までずっとランエボのノーマルを維持してきている。その理由は金山さんの謙遜かと思っていたが、話を聞いていると理路整然としていて、納得させられるものだった。
「ここまで速く、完成度が高いのですから、改造する理由がありません。前のクルマの時に経験しましたけれども、どこかを変えると、その影響で他の部分も変えなければならなくなってしまいます」

つまり、例えばエンジンパワーを上げたとすると、それに耐えられるようにクラッチやトランスミッション、さらにはサスペンションなども強化しなければならなくなる。イタチごっこが始まって、ゴールが見極められなくなる。
もちろん、趣味というのは手段が目的に転じることを指すという人もいるくらいだから、こうしたイタチごっこ自体が楽しみと化してしまう人もいるわけである。その楽しみも知りつつ、金山さんはランエボには極力ノーマルを貫いているのだ。
「WRCのノウハウもリアルタイムで込められて、プロ中のプロが開発しているのですから、それ以上のものなどあり得ませんよね」
金山さんの三菱自動車開発陣に対する信頼は絶対的なものがある。とは言っても、禁欲的なわけではない。近くのチューニングショップにランエボを持ち込んだこともある。漫画に実名で登場しているので知った。
「詳しく教えてくれましたよ。チューニングの奥深さもわかりました。でも、聞けば聞くほど、自分には無理でしたね。強化されたクラッチに交換するに留まりました」
クラッチ交換の際にコンロッドのメタルが摩耗していることが報告され、走行に支障はないが交換を勧められた。ノーマル部品なので費用はたかが知れている。
「振動と騒音が減ったのに驚きました。両方の効果だと思います」
商売なのだから、注文を受けたクラッチ交換だけを済ませれば良いところを、大した利益にもならないメタル交換も見付けて提案したショップの熱意にも金山さんは感心させられた。
「とても良心的なショップでしたね」
6〜7年前に、ショップ独自の「エボドック」というランエボの診断プログラムを1万円で受けてみたこともある。
「とても良い状態なので、このままノーマルで乗り続けられたらいかがでしょうか」
今でも、そのショップには時々顔を出している。三菱ディーラーに在庫されていなかった油温計などを購入したりしている。
「ほぼノーマルのランエボというのは珍しいと思いますよ。みなさん、どこかしら改造していますからね」

オイルは奢ることにしている。
「一年に一度は、すべてのオイルを交換しています。エンジンオイルは距離数に関係なく半年に一度です」
すべてのオイルというのは、トランスミッション、トランスファー、リヤデフである。
「オイルって、人間で言ったら血液と同じようなものでしょう? そこをケチったらダメになる第一歩だと考えているんですよ」
オイル交換は、いつも通っている関東三菱自動車販売・東名町田店に依頼している。
「そのチューニングショップで言われましたけれども、三菱の純正オイルってどれも高品質なんですってね」
金山さんは、自分のランエボを購入後もディーラーに通ってはデモカーに試乗を続けている。歴代ランエボはすべて乗っている。
「私がこのクルマを乗り換えずにずっと乗り続けていることをスタッフは良く知っていますから、この頃は乗り換えも勧められることなく試乗させてくれますよ。ハハハッ」
でも、エボ5には迷った。
「5は全然違っていましたから。私がこのクルマに不満に感じていたブレーキは劇的に効くようになったし、加速が滑らかな上に速くなった。ボディのしっかりした感じなども加わり、全面的に進化していました」
心が揺さぶられた。

「あなたが乗っているのは“1”だよね。元祖だよね。元祖が4回変わったものが“5”なのだから、“5”がいくら良いとしても元祖に乗り続ける方が意味があるんじゃないの?」
迷っていた金山さんを正してくれたのは奥さんだった。
ブレーキの他に、もうひとつ不満点がある。5段マニュアルトランスミッションのギヤ比だ。
「各ギヤのギヤ比が離れ過ぎている気がします。だから、加速がスムーズにつながらず、その都度勢いが失せていくのです。ですから、そのショップで扱っていた、ギヤ比が接近した6段のトランスミッションへの載せ替えも考えたことがありますよ」
高価だったために諦めたが、今でもときどき思い直すことがある。

会社勤めの金山さんがランエボに乗るのは週末と休日だ。長男と次男、長女たちが小さかった頃は家族5人でよく出掛けたけれども、子供たちが成長するにつれ、全員揃って出掛ける機会は自然と減っている。
ひとりで山道を走ったり、サーキットのスポーツ走行に参加することもある。富士スピードウェイは三回走ったことがある。
「サーキットに行く前にはディーラーで点検してもらっています。エンジンを高回転で回し続けることになるので、ラジエーターや補機類などを重点的にチェックしてくれていますから助かります」
2010年3月28日に富士スピードウェイで行われた「RMC(ラリーアートメンバーズクラブ)ミーティング」は、まだ小さかった長男と次男を連れて出掛けた。
「たしか、ラリーアート社の活動の大幅な縮小が発表された直後だったので、スタッフの中には泣いている人もいました」
かつて社長を務めていた木全巌氏から、その時にもらった2006年のラリージャパンで着用したシャツは宝物だ。

「こっちのTシャツは参加者ひとりに一枚プレゼントされたものです。もらえたのはうれしかったですが、うれしさ半分でした。ラリーアートの復活を望みますね」
プラモデルやミニカーなどは時々買っている。2006年に東京・お台場で行われたイベント「モータースポーツジャパン」を観に行った時もラリーアートのブースで腕時計を買った。

「4万5000円と高価でしたが、“2割引きます”とマケてくれたので買ってしまいました。奥さんも、“好きだから、しょうがないね”と認めてくれました。ハハハッ」
途中、一度故障したが、製造元のシチズンで修理を行い、今でも毎日腕に巻いている。
「悲しかったのは、このスニーカーですよ」
そう言って、履いている黒いスニーカーを見せてくれた。ベロと中敷きにラリーアートのロゴが印刷されている。
「近くのスーパーで普段履き用のスニーカーを探していたら、これがずいぶん安い値段でセールになっていたんですよ。うれし悲しでしたね」
衝突事故の加害者とのやり取りは、案の定スムーズには運ばなかった。弁護士も介在した。納得のいくかたちでの解決を待っていたら、ランエボに乗る日も遠ざかってしまう。幸いなことに、金山さんが加入していた保険でほとんどを負担することができたので、修理を優先させた。
「22年も前のクルマで、見た目以上のダメージがあったので廃車になってもおかしくありませんでした」
トランクフードは新品パーツだが、ウイングは元のものが使えた。マフラーエンドは交換された。「EVOLUTION」のエンブレムは追突時に割れ、その破片を寄せてボディに接着してある。他のエンブレムは新旧が混ざっている。塗装も、細心の作業によって元のコンディションと違和感のないよう仕上げられた。
他にも、修復に手間取ったところが何カ所もある。工場や担当者によっては面倒臭がって廃車の決定を勧めてもおかしくはないと思う。
「“ここまで大切に乗っているのだから、なんとかして元通りに走れるようやってみよう”とこのように完璧に修理してくれたディーラースタッフには本当に感謝しています」
職人魂の成せる業だ。スタッフの気持ちを僕も共有することができる。

なぜならば、金山さんは普通にクルマの内外をきれいに乗っているだけでなく、床下を特にきれいにしているのだ。覗くと、泥や油の汚れがまったく付いていない。サスペンションやドライブシャフト、デフ、ガソリンタンクなどが本来持っている、黒、ガンメタルグレイ、シルバー、薄いブルーなど金属そのものの色と塗装された色がそのまま識別できる。汚れやサビでわからないのが普通だ。
「いつも洗車する時は、床下までキレイにすることにしています。昔、工場でリフトアップされた自分のクルマを見た時に、あまりの汚さに呆れて以来です」
床下がキレイなクルマが、メカニックの気分を良くしないわけがない。金山さんはそれを期待して励行しているわけではなかったが、クルマをキレイに、大切に乗り続けようという気持ちを見事に代弁している。それはメカニックをはじめとするディーラーのスタッフたちに以前から伝わっていた。
もらい事故は災難だったが、金山さんのランエボに寄せる愛着心にディーラーのスタッフたちが見事に応えた。事故には遭いたくないけれども、事故によって愛着心がさらに深まることもあるのである。
