※お客様より了承を頂戴し、ナンバープレートを隠さず掲載させて頂いております。

ある日、大通りに三菱GTOが停まっていた。GTOは昔はたくさん走っていたけれども、最近では珍しい。リトラクタブルヘッドライトではない後期型だ。
ドアを開けて、男性と女性が大きなパネルのようなものをGTOに収めようとしている。
GTOが珍しいので、失礼ながら道路の反対側からその様子を拝見させてもらった。
パネルのようなものは折れ曲がらないので、なかなか入らない。助手席の背もたれを前に倒し、なんとか後席に斜めに収まった。
僕は見ているだけでは我慢できず、話し掛けたくなってしまったので、道路を渡った。幸い、まだ発車することなく停まっている。

男性に話し掛けると、持ち主の相原基さん(42歳)だった。メールアドレスを交換し、数週間後の雨の日に会ってもらった。一緒に居た女性は妹さんで、パネルのように見えたものは鏡台だった。妹さんは結婚するので、今まで使っていた鏡台を新居に運ぶのを手伝っていたところを僕が見掛けたのだ。
GTOは22年前のもので、相原さんが12年前に4万4000km走行の中古車を購入した。それから12年間で2万3000kmしか走っていない。
百貨店の関連会社に勤務しているので、水曜日と日曜日が休み。GTOに乗るのは基本的に休みの日になるが、それにしても乗っていない。平均してしまえば、一年に2000kmも乗っていないことになる。
そんなに少ししか乗らないのなら、クルマを所有する必要性を感じなくならないのだろうか?
「そうは思いませんね。GTOが好きなので、ずっと持っているんですよ」
都内の自宅には車庫がないので、外に月極の駐車場を借りている。それも、近くにないのでひと駅ほど離れたところに借りているというから、相原さんのGTOへの愛着心は相当に強い。
GTOは年相応といった感じのコンディションだ。黒いボディには細かな傷もある。目立つのは、リヤウインドガラス下やBピラーの端の塗装が剥げてしまって、グレーの下地が現れてしまっているところだ。フロントガラス下部のワイパーが取り付けられている金属部分にもうっすらと錆が浮かんできている。

助手席に乗せてもらって最初に目に飛び込んでくるのは、パーキングブレーキレバー。グリップ部分の黒い色がすっかり抜けてグレーになってしまっているだけでなく、ところどころ表皮が擦れて下地の革の茶色が出ている。その手前の灰皿のフタも色が抜けてしまったようだ。
それ以外の他の部分のコンディションは良い。強く端の部分が張り出したバケットタイプのシートのクッションもしっかりしている。カーオーディオは故障してしまったので、汎用品に付け替えてある。
面白いのは、その上のエアコンのモニター画面で、先月お目に掛かった金山久範さんの初代ランエボのものと同じだった。共通するパーツが用いられていたのだろう。
走り出すと、乗り心地がソフトで、静かなのが印象的だ。
それはGTO自体のコンディションが良好なのに加えて、相原さんの運転がとても穏やかなことにも起因している。
前がどんなに空いていてもスロットルペダルを急いで踏むことなく、ジワーッと加速していく。
右折、左折も前後左右をしっかりと確認してから確実に行っている。特に右折する時は、前のクルマが右折してすぐに走り出すのではなく、右折してGTOが交差点内に残らないスペースが確認できてから発進している。
ハンドルに置いた両手は、いつも10時10分の位置だ。
こう文字で書くと当たり前の所作のように聞こえるかもしれないけれども、世間にはそれが疎かになっているドライバーが少なくないのだ。
相原さんの運転は、基本に忠実な安全運転でありながら、横に乗せてもらってまどろこしく感じることもない。

相原さんは話し方も穏やかで、言葉を選びながら優しく口にしていく。運転と似ている。
GTOを購入したキッカケが面白い。運転免許を取って最初に乗ったのがアメリカのメーカーの某スペシャリティカー。『ナイトライダー』というテレビドラマの主人公が乗っていた、喋るクルマのベースとなったクルマの兄弟車に乗っていた。そのドラマのファンだったので、13年落ちの中古車を110万円で購入した。
「友人たちから、“きっと壊れるから止めた方がいいよ”とさんざん止められましたけど、好きなので買いました」

案の定、故障が連続し、次の車検を更新する前に乗ることを止めた。次に乗ったのが、このGTOだ。
「トンガッたカタチのクルマが好きなんですよね。だから、前から好きだったGTO以外のクルマに乗ろうと思ってはいませんでした」
ナイトライダーといい、GTOといい、相原さんらしくないように思えるけれども、そのことと相原さんがGTOに寄せる想いは関係ないのである。
GTOは川崎の中古車店に探してもらったものだが、購入した当時でもすでにGTOの中古車の流通量は少なくなっていた。ましてや、相原さんの望んだオートマチックトランスミッションを搭載したものは少なかった。
「A/Tはエヌエー(NA・自然吸気)にしか設定されておらず、ツインターボはマニュアルだけだったんですよ。NAでもマニュアルの方が多かったと聞いたことがあります」
運転席のドアを開けたところの、ボディ側のBピラーの下に古いステッカーが残っていて、それは青森三菱自動車で貼られたものだ。
青森の人が新車で購入したのだろうか。

その上には2本の赤いダイモテープが貼られている。
「OIL 17000」
「11/15 OE 19500KM」
前者は理解できるけれども、後者はよくわからない。
「エヌエーですけれども、排気量が3リッターありますから、トルクがあって加速が良いですよ」
相原さんのGTOはおおむね快調に走り続けている。これまでの故障も数えるほどしか起きていない。
最初は、購入直後に窓ガラスの上げ下げが遅くなり、終いには下りたまま上がらなくなってしまったトラブルだ。レギュレーターを交換して完治した。
川崎の「TAC」という修理工場は、三菱ランサーエボリューション3に乗っている小学校の同級生に紹介してもらい、“ナイトライダー”の頃から通っている。GTOを購入することになる中古車販売店も、TACの斎藤さんに紹介してもらった。
GTOを買って2年目にマフラーが折れたことがある。その時も、ここが助けてくれた。
「走っていて、スゴい爆音とともに折れたんですよ。路肩に停めて下を覗き込んだら、マフラーがブランブランと垂れ下がっていました。ビックリしました」
斎藤さんに相談すると、折れた部分に別の金属パイプを溶接して継いで元通りに直してくれた。
「ただ、溶接した部分は熱に弱いので、いずれ穴が開いてしまいますよ。でも、2、3年は保つはずですから、これでしばらく乗ってみてはいかがでしょうか」
斎藤さんはそう前置きして修理に取り掛かってくれた。マフラーは、2、3年どころか実際には5年保った。

TACは、あらゆる車種を扱っているのにもかかわらず専門的な知識と経験も豊富で、相原さんは信頼を寄せていた。しかし、土日曜日が定休日なので、足が遠のいてしまった。
「でも、時々、遊びに行っているんですよ」
車検や整備などは、以前の勤務先の近くにある関東三菱自動車販売・足立店に依頼するようになった。
6年目に入った頃から、マフラーに穴が開き始め、排気音も大きくなり始めていった。足立店に修理を依頼すると、部品の在庫がなく、取り寄せるのに3週間かかった。
「だんぜん静かになりました」
アイドリング時の回転数が不安定になり、1500回転ぐらいに上がってしまうこともあった。サーボモーターの劣化が原因だった。

「このビルに入っている映画館のレイトショーに、ときどき来ますよ」
僕らは、お台場を走っていた。
「日光とか富士山周辺に、GTOを運転して日帰り旅行に行くのが楽しみです」
道の駅などで地元の野菜や果物を買ってきて、一緒に暮らす父親とそれらを料理して食べている。
「そうした時に野菜や果物などをトランクに出し入れしにくいのが不便に感じる時がありますね。リアシートがもう少しだけ広ければ、トランクではなく、そっちに置くのですが」
たしかに、GTOはボディの大きさの割には車内はタイトだ。フロントグラスは強く傾いて迫ってきていて、張り出しの大きなバケットシートも車内で大きな空間を占めている。
「ま、狭くてもそれは変えられないので仕方ありませんね」
それは購入した販売店にも、最初にクギを刺されていた。
「デカい割に、中は狭いですよ」
ブレーキは何とかしたいと、ずっと考えている。
「急ブレーキを踏むような運転はしませんけれども、自分の停まりたい位置でピタッと停まりたいんです」
斎藤さんに相談したら、意外な答えが返ってきた。
「おカネが掛かる割には、効果は少ししかないのでは。どうしてもと言うならば、三菱ディーラーに相談した方がいいかもしれませんね」

なんとも商売っ気がない。
「メカニックとして、それが正直な答えになるのでしょうね。でも、そういう誠実なところが信頼できるんです」
相原さんは今でもスポーツタイプのクルマが好みだが、現在販売されているものには興味がないという。
「みんな同じカタチに見えるんですよ。このクルマが造られていた頃のクルマは個性的なカタチをしていたから好きなんです」
会社の先輩にクルマ好きな人がいて、その人もやはり1990年代の個性的なカタチをしたセダンに乗っている。
「GTOでオートマなんて珍しいね」
初めてGTOを見せた時にすぐに指摘されたので、この人は詳しくて話が合うだろうなと思った。以来、よくクルマの話をしている。
「10年以上乗るとは思っていませんでした。今でも気に入っているので、ずっと乗り続けるつもりです」
GTOを停めると、男性3人組がスマートフォンをこちらに向けながら近付いてきた。
「オーッ、ミツビシジーティオー」
台湾から東京に観光旅行にやって来た若者だった。訊けば、三菱GTOは台湾でも知られているという。GTOは周りの人を惹き付けるチカラを持っているのである。
