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北海道在住の佐々木真さん(52歳)は、三菱ランサーエボリューションⅩに5年12万km乗っている。
ずいぶんと速いペースで距離を伸ばしているようだが、通勤と休日の買い物などで毎日乗っているとこのぐらいになるという。佐々木さんは道内で土木設計会社を経営していて、通勤距離が片道約30km。
「この橋もウチの会社で手がけたんですよ」
エボⅩでご自宅に向かうまでの間に、佐々木さんの会社が土木設計に携わったいくつもの橋や道路などがあった。
「少し前まで釧路の現場によく出張していて、そこまでは片道350kmありました」
やはり、広い北海道は一度の移動距離が長いからペースも速くなるのだろう。
「同業者の会合などでは年代が近い者同志が自然と集まることになり、エボのようなクルマに乗っているのは私だけで、ちょっと照れ臭くなることもあります。ハハハハハハッ。でも、その代わり、若い人やクルマに興味のある人から話し掛けられたりすることもあるので、メリットの方が大きいかもしれませんね」
それはそうだろう。フォーマルな大型セダンなどが並ぶ中に、真っ赤なブレーキキャリパーに大きなリアウイングをまとったエボⅩが一台だけ停まっていたら場違いだ。
お邪魔したのは休日だったので、ダメージ加工が施されたリーバイス501に黒いTシャツと履き込まれ磨き込まれたレッドウイングのブーツ、サングラスにキャップとカジュアルな出で立ちなのでエボⅩとの違和感も小さかったが、仕事中のお姿も見てみたかった。

佐々木さんはクラシックなストレートアームスタイルでエボⅩを運転する。シートも低めで、コーナーでは、ハンドルを内側から握り直して回す。
車内を見渡すと、5速マニュアルトランスミッション(MT)のシフトレバーのグリップだけを交換してある。助手席前のダッシュボードにはトランクフードから剥がしたエンブレムが貼り直されている。他は一切ノーマルだ。
「クラッチを踏みたいんですよ」
自分のクルマに求める条件はいくつかあって、MTは譲れないという。
「運転が好きなんです」
強い確信に満ちているようで、このフレーズを佐々木さんは何度も口にする。佐々木さんにとって運転とは、クラッチペダルを踏んでシフトレバーを動かして変速することを意味している。

運転好きは18歳で運転免許を取得した時から変わらない。最初のクルマは、三菱ギャランGTO。
「高校卒業後に勤めた最初の会社で、毎日夜遅くまで設計の残業をしていました」
早く帰って寝ればいいものを、若き日の佐々木さんは2時間走って洞爺湖まで行くことがよくあった。
「運転すると、気持ちが集中してくるところが好きです」
今でも、天気の良い日に時間があると、30分ぐらいグルッとエボⅩやバイクで走ってくることがよくある。
「ひとりで走るのが好きなので、仲間とのバイクツーリングも現地集合、現地解散です。時々、カミさんが一緒に乗ってくれます」
走ることが純粋に好きだという佐々木さんの気持ちが、こうしてエボⅩの助手席に乗せてもらってしばらく走ると少しはわかるような気がしてきた。
まず、北海道は街と街以外の区分けがはっきりしている。だから、街を抜けたら建物も少なくなり、眺めも良くて走って気持ちがいい。
と同時に、圧倒的に交通量が少ないから走りやすい。このふたつの要因から、クルマを運転することが息抜きや楽しみになり得ている。本州の都市部ではなかなかそうは行かない。
佐々木さんは、このエボⅩに乗る前は三菱GTOを2台乗り継いだ。どちらも、ツインターボではなく自然吸気のV6エンジンを搭載した「SR」グレードのMT版で、オプションのリミテッドスリップデフ(LSD)を装着していた。


「GTOでは、ふたりの娘をリヤシートに乗せて道内一周旅行をしたことがあります」
GTOはとても気に入っていた。
「そこそこのエンジンパワーがあって、MTでクーペかセダンの4輪駆動という私の理想形でしたから、2台乗りました」
流麗なクーペスタイルのGTOは、意外なことに雪に強かったという。
「最低地上高も確保されていたし、LSDも付けていましたから4輪にキチンとエンジンパワーが伝わって、スタッドレスタイヤを履かせて冬も変わらずに走っていました」
トランスミッションやクラッチのトラブルが続き、2台目のGTOを買い替えた。買い替えたのはエボⅩではなく、他社のコンパクトカーだった。
「GTOの生産が終了してしまった時点で、もうクルマなんて何でも良くなってしまったんですよ」
ちょうど、ガソリン価格が高騰して、会社が引越しして通勤距離も伸び、月々のガソリン代が急増したということもGTOから燃費の良いコンパクトカーへの買い替えを促すことになった。
そのコンパクトカーは、4ドアハッチバックの2ボックス型、MTではなくAT(オートマチックトランスミッション)だった。佐々木さんの好みとは、まったくの正反対ではないか。
「そうなんですよ。乗ってみると、やっぱり"何でも良い"わけじゃなかった」
改めて自分の好みに正直になって探してみると、それを満たしてくれるのはエボⅩしかなかった。そのエボⅩが、このところ立て続けにトラブルに見舞われている。僕が会いに行った前の週にも、左前輪のサスペンションのダンパーが抜けてしまった。
「3センチぐらいの舗装のつなぎ目を越えた時のショックで抜けてしまったみたいですね。いつもの通勤路を走っていて、急にガタガタし始めたので、最初はパンクかと思いました」
降りて確認してみたけれどパンクではなく、ディーラーである北海道三菱自動車販売花川店の工場で見てもらったら、ダンパーがダメになっていた。ダンパーに力を加えると、じんわりと動くものだが、ブラブラして役目を果たさなくなっていた。幸いに、程度のいい中古の純正ダンパーを見付けて交換してくれた。
以前には、クラッチが故障し、ペダルを踏んでも切れなくなったこともあった。
他にも、助手席側のドアのクリア塗装が小さく剥がれてきてしまっている。
「クラッチはリコール対象となって修理してもらいましたけれども、修理に何十万円も掛かるようなことが起きてしまわないか心配です。妻も乗り替えに賛成してくれました」
しかし、その時すでにエボⅩの在庫は払底してしまっていた。セールスマンが持ってきた見積書は、エボⅩはエボⅩでもAT版だった。
エボⅩのATはツインクラッチ式だから、トルクコンバーター式の一般的なATと違って、エンジンパワー伝達の遅れや滑りは構造上存在しないから、ATのエボⅩでも僕は構わないではないかと考えるのだが、佐々木さんは頑ななのである。
「"何でも良いじゃないか"とコンパクトカーにしてみたら、何でも良くなかったんです。だから、今、クルマ選びにとても慎重になっているんですよ」

車検のタイミングが迫ってきたので、今回は買い替えを見送った。でも、次に乗るクルマがないという悩みが解消されたわけではない。
「マニュアルじゃないと嫌なんです」
エボⅩをはじめとするツインクラッチ式ATは、クラッチペダルこそ踏まないものの、クルマがドライバーよりも的確にギアを選んでくれて、その素早くダイレクトで賢い変速ぶりはスポーティそのものだ。クラッチペダルを踏まない分、その意識と神経をよりクルマと対話することに振り分けられるので、僕はMTよりもむしろツインクラッチ式ATの方がエボⅩのような高性能車にこそふさわしいと考えている。
だから、佐々木さんには食わず嫌いではなく、一度、試乗だけでもしてみることを勧めたいのだ。ギャランGTO以来、これまで10台のクルマに乗ってきた豊富な経験を持つ佐々木さんだったら、確実にその魅力を体感することができるはずだ。
「そうなんですかぁ? でもなぁ……」
エボⅩに乗り続けることにしたわけだから、次のクルマについてはゆっくりと考えていけばいいことになった。
しかし、それにしても「MTでクーペかセダンの4輪駆動」という佐々木さんの好みをかなえてくれるクルマが少なくなったことに変わりはない。背の高いSUVではなく、クーペかセダンでなければならないのである。
「乗るクルマがないのは、オレが時代に合わなくなっているのかな?」

ここ数年、冬の通勤路で運転中に左足をツルようになった。冬は渋滞が長くなるからだ。渋滞でクラッチペダルを頻繁に踏むことが、その原因になっていると佐々木さんも自覚している。

安全のためにも、この際、MTは諦めても良いのではないですか、佐々木さん?
しかし、仮にそうしたとしても、選択肢はあまり増えない。
「エボⅩの中古の程度のいいものを探すことになるのかな」
佐々木さんはちょっと寂しそうだった。30年以上も貫き通してきた自分の好みがこれからは通用しなくなるかもしれないから無理もない。
「北海道には、こういうオッサンもいるんだよ」
空港へ送ってもらうエボⅩを運転しながら、佐々木さんは自問自答するように言った。

市街地を抜けてしまえば信号で停まることはほとんどないからMTで十分だし、最近の気候で積雪も増えてきたから4輪駆動は必須だ。佐々木さんの好みであると同時に、北海道という土地柄を反映した条件でもある。
「でも、前輪駆動のハイブリッド車がこんなに増えてきているというのは、スタッドレスタイヤの性能が向上してきているからなんでしょうね」
それはあるでしょう。新しい技術がクルマの使い方を変え、時代を切り開いている。
佐々木さんのエボⅩはボディのクリア塗装の剥がれ以外はすべて問題が解決されたのだから、僕は乗り替えを急ぐ必要はないと思う。足がツルのは、今度の冬が来る前までにジムに通って運動不足を解消して下さい。
「犬の散歩以外に、ほとんど歩かないですからね」
最後のランサーエボリューションとなったエボⅩととことん付き合って、その実力を最大限に引き出してみて欲しい。

佐々木さんにお会いして一ヶ月後にLINEメッセージをもらった。
「エボⅩのエンジンの調子が悪く、修理に出したらターボチャージャーのタービンが破損していました。すでに10万km以上を走っているので10年10万km保証の対象からは外れてしまっていて、乗り続けるには修理代金41万3000円を支払わなければなりません。たぶん、直さないで手放します」
佐々木さんの残念そうな様子が想像できる文面だった。なんとか乗り続ける方法はないものかと僕も悔やまれたが、翌日、またメッセージが来た。
「おはようございます。とりあえず直してから、次に買うべきクルマをじっくり考えることにしました。しかし、良いクルマがないですね(笑)」
最後の”良いクルマがない”というのはエボⅩへの愛の深さの裏返しの表現で、佐々木さんらしいなと思った。
佐々木さん、納得いくまで楽しく悩んで下さい!