※お客様より了承を頂戴し、ナンバープレートを隠さず掲載させて頂いております。

仕事を引退したら、クルマで日本全国を旅して回りたい。
そう願っている人は多いことだろう。四季の移ろいを追い掛けて、マイペースで旅行するにはクルマがぴったりだ。

それを実行している奥山雄司さん(73歳)を福井県に訪ねた。
待ち合わせ場所の福井駅に、奥山さんは三菱ミニカで現れた。ミニカにはステッカーがたくさん貼ってある。どれも旅先で購入したものだ。まだ暑さが少し残っている時期だったので、奥山さんはチェックのシャツとクロップドパンツにサンダルという若々しいスタイルだ。
「駅に来るためには市内に入って細い道を何度も曲がらなきゃいけないから、もっぱらこのクルマです」
白内障の手術を無事に終えたばかりで視力は回復したものの、細く混んだ道で何度も右左折を繰り返すのは億劫だという。だから、中心部に来る時は必ずミニカで来ることにしている。

ミニカの助手席で、生い立ちから始まって現在のセカンドライフに至るまでの経緯を伺った。終戦直後に経験された大変な苦労を、まだ会ってから数十分しか経っていない僕に何も隠さずサラリと話してくれる。それも大袈裟にでもなく、深刻過ぎることもなく、時にジョークを交えながら淡々と語るところに余計に体験の重みを伺い知ることができた。
ご自宅に到着すると、他に三菱のクルマが3台あった。パジェロ、コルト・バージョンR、ミラージュだ。ミニカと同じように、どのクルマにもステッカーがたくさん貼ってある。車内にモノが置かれていたりするけれども、どれもキレイに洗車され、しっかりと管理が行き届いていて清潔感にあふれている。キレイな4台がガレージに並んでいる姿は圧巻だ。
「三菱自動車の営業所みたいでしょう!? ハハハハハハッ」
奥山さんは40年間記者として勤めた新聞社を定年退職してからは鉄道の旅を楽しんでいた。
「地域に根差した、小さな私鉄に乗るのが好きでしたね」
鉄道は記者時代に担当分野だったから、とても詳しい。取材で乗った路線を再訪するのも楽しかった。
しかし、今から7年前に鉄道からクルマの旅に切り変えた。身辺が大きく変化したからだ。
奥さんが亡くなり、ふたりの娘が結婚して独立していた。ひとりは家族で隣家に住んでいたのだが、夫の転勤で引っ越した。

現在乗っている三菱パジェロはすでに持っていたが、それで旅に出ることはまだなかった。もう一台持っている三菱ミニカで日常のほとんどを済ませていた。
「ミニカでは孫の幼稚園の送り迎えや買い物など、どこへでも乗って行っていましたよ」
最愛の妻を亡くし、娘一家も引っ越していってしまった。その時は、さぞや寂しい思いをされたのではないか。
急な一人暮らしに、ご自身も娘さんも少し不安を感じたので、奥山さんはサービス付き高齢者専門賃貸マンションへ入居することにした。ここならば食事の心配もないし、医療スタッフも常駐しているから安心だ。
「でも、半年で出ちゃったんですよ。ここは、なんか自分が居るところじゃないって感じましてね」
今は、娘家族が暮らしていた隣家も合わせてひとりで住んでいる。お邪魔すると、愛読書である日本の近現代史の研究書や文芸書などがピシッと角を揃えて並べられているのが、まず眼に入ってきた。
自分の経験を踏まえつつ、失礼ながら、「男の一人暮らしは、ついついルーズになりがち」と決めて掛かっていたけれども、奥山さんは違っていた。二軒の家には掃除と整理整頓が行き届いていて、とてもキレイだった。これには驚かされた。
居間のサイドボードにA4サイズの紙が貼ってあって、見せてもらうと今年の旅のスケジュールが手書きされてあった。

2月の大阪七里御浜から10月の京都まで、4月を除いて毎月出掛けるドライブ旅行の予定だ。8月などは2回も予定されている。地元の北陸や関西地方だけでなく、なんと遠く秋田や九州まで出掛けていく。それもすべて一人旅だ。同行する仲間や友人はいない。
予定の最後にマルで囲んだ暗号のようなものが記されている。
パ、みら、バ。
乗っていくクルマだ。2月の大阪七里御浜へはパジェロで、3月の松江一畑薬師へはミラージュで、4月の松江一畑薬師と四国へはコルト・バージョンRで、といった具合。
「基本的には順番なんですよ。ここには書いていませんが、青森の尻屋崎まで放牧してある馬を見に行った時には、さすがにパジェロで行きました。やっぱり、長距離はパジェロが楽ですからね」
ミニカはもっぱら近所専門かというとそんなことはなくて、能登や松江、軽井沢などに乗って行くこともある。4台の走行距離を合計すると、年間3万kmを超える。
渋滞の少ない時間帯に福井を出発し、青森や鹿児島の佐多岬などの往復で3泊4日、それ以外だと2泊3日で往復してしまう。
「あまりフラフラしないんですよ。泊まるのも高速道路のサービスエリアで草枕していますから」
"草枕"とは、車中泊やテント泊などの奥山さん流の粋な表現だ。
これらのほぼ毎月のドライブ旅行を7年間続けているから、新しく開通する高速道路に関してはとても詳しい。高速道路を走る時には、必ずサービスエリアで路線地図を入手して持ち帰り、情報のアップデイトに余念がない。なぜならば、インターネットも携帯電話も、定年退職を機に利用を止めてしまったからだ。カーナビも使わない。

「山と川の位置をよく憶えておくことが大事ですね。あと、インターチェンジと国道、国道同士のつながり方なども頭に入れておくことですかね」
カーナビやインターネットが無かった頃には僕も励行していた長距離ドライブ旅行の基本中の基本で、とても大切なことだ。路線地図を何枚も広げながら、奥山さんは旅の様子を説明してくれる。
「那智(和歌山)の道の駅のイカの握り寿司がウマかったなぁ」
道の駅も、奥山さんのドライブ旅行の重要なポイントだ。
「小松(石川)の道の駅の小松うどんと天丼もウマかった。エビの下に舞茸とピーマンとさつまいもが重なっていてね」
各地の美味いもの情報を次々と教えてくれる。
「カネコさんは魚お好きですか?」
魚は何でも好きです。
「でしたら、紀勢自動車道の海山インターを降りた先にある"道の駅 海山"に行ってみて下さい。ここの干物定食がウマいんですよ」
どんな魚の干物が食べられるのですか?
「日替わりで、サバ、イワシ、サンマのどれかです。一杯やりたくなっちゃうほど、ここの干物はウマい」
メモなど見ることなく、次々と諳んじているということは、しっかりと記憶に刻まれるほど美味しかったのだろう。

「魚好きだったら、九州道上り線吉志パーキングエリアのアジフライ定食もお薦めですよ」
いかにも美味しそうな喋り方を文字で再現できないのが残念なのだが、どこかのグルメ情報の受け売りではなくて、すべて奥山さんの体験にもとづくものだから説得力がある。僕も、すぐにでも走って行って食べたくなってきた。
各地の日帰り温泉などに浸かり、美味しいものを食べ、景色を堪能して、あとはひたすら走る。
「寝る前に月と星を友に酒を飲むのはたまらないっ」
そう力説する奥山さんは本当に楽しそうだけれども、いつも一人では寂しくなったりしないのだろうか?
「人恋しくなんてなりませんよ。時々、キャンピングカーで旅している人が話し掛けてきたりしますけれど、仲間のように思われるのは嫌なんですよ」
明るく、元気の良い奥山さんなのだから、出会った人ともすぐに打ち解けてワイワイやっているのかと思ったら、意外な答えが返ってきた。
「ま、私は近所でも"変わり者"って呼ばれていますからね。みんなとは同じじゃないんですよ。ハハハハハハッ」
奥山さんは自分の好みとやりたいことが明確なのだ。スタイルを持っている。だから、他人と同じであることを過度に求めていないだけだ。何でも他人に合わせればいいというものではないとは僕も思う。

天気が良いので、奥山さんがパジェロで永平寺に連れて行ってくれた。
購入して10年6カ月が経ち、10万1000kmを走っているのに、車内がとてもキレイで整理が行き届いている。
「三菱のトップモデルに乗りたくて、買いました」
3リッターV6ガソリンエンジン版。真っ赤な2ドアだから、珍しい。
「この辺りに何台かパジェロはいますけれども、赤はいませんね。近所の人からは、消防署のクルマと間違えられましたけれども。目立つのがイイんですよ。ハハハハハハッ」
丁寧にクラッチとシフトレバーを操作してマニュアルで変速しながら、余裕を以った走り方だ。

「パジェロはいいですよ。バージョン(コルト・バージョンRのこと)のような瞬間的な速さはないけれども、長距離をコンスタントに走るのだったらパジェロ。私の恋人や」
奥山さんが最初に持ったクルマのは1973年のことで、職場を訪れた三菱自動車の営業マンに薦められて購入したミニカF4。
「初の四衝程の軽自動車でしたよ」
四衝程とはエンジンの4サイクルのこと。
以降、三菱のクルマばかりに乗り続け、ミラージュが19台目。
「全部は憶えていないんですけれどね。三菱360、ミニカ660、ランサーを7、8台。FTOを2台、パジェロ・イオ、娘にグッピーというのも買ったな」
奥山さんにとって、19台も乗り続けている三菱のクルマの魅力はどこにあるのだろうか?
「しっかりとしていますな。故障もあるけれども、安心感がある」

最近では、コルト・バージョンRのハンドルが回らなくなったことがあった。
「役場の前の広いところだったので助かりました。あと、三菱の総合力に信頼を寄せているんですね」
総合力?
「三菱自動車は三菱グループっていう大きな企業グループの一員でしょう? グループ内のいろいろなチカラを総合的に生かせるわけじゃないですか?」
歴史からも、奥山さんは三菱自動車に興味を抱き続けている。
「航空機では、ゼロ戦、雷電、96陸攻。戦艦だったら武蔵に霧島、みんな三菱製です」
それらのスペックを端から奥山さんは諳んじ始めた。
「三菱のクルマは、(それらの)子孫みたいなもので、歴史があるんですよ。大和魂を感じます。日本の誇りですよ」
奥山さんは、19台すべてを福井三菱自動車販売から購入している。日常的なチェックや洗車などは自分で行っているが、車検や定期点検などはすべて任せている。
名刹の永平寺は混んでいて、お参りは次回にした。それではということで、次にパジェロで連れて行ってくれたのは公園。退役した自衛隊のヘリコプターが飾られていた。

以前はこの公園の敷地内に公営の銭湯があって、奥山さんは良く通っていた。今は、集会場になっている。家にいる時も、近くの日帰り温泉はよく利用している。
奥山さんは現在の一人暮らしを満喫しているように見える。たまにしか孫や娘夫婦に会えないのは少しばかり寂しいのだろうけれども、エンジョイしていることは間違いないだろう。年間3万km以上ものドライブ旅行に出掛けていることや、キレイに片付いた2軒の家にそれは現れている。来年のドライブ旅行の計画もすでに固まりつつある。
「九州の佐伯から宮崎までの新しい高速道路を走ってみたいし、前から訪れたいと思っていた広島の呉にある戦艦大和ミュージアムに行くつもりです」
計画せずに出掛ける旅もある。今年は日帰りで木曽の御嶽山に3回も行った。
「イイね、御嶽は。晴れていれば、青い空をバックに独立峰として聳えた姿が最高や」
若い頃は熱心に山に登っていたので、今でも山には愛着が強い。
「年寄りにはヒマはあるけど時間がない、ってね。ハハハッ」
綾小路きみまろも同じようなことを言っていたけれども、こんなに活動的なのだから奥山さんにはヒマも時間も両方足りないのではないだろうか。

「自分の運転免許がある限りクルマには乗り続けるし、あちこち出掛けて行きますよ」
パジェロで地域を案内してもらいながらお宅に戻り、また話を伺ってから、ミニカに乗って駅まで送ってもらった。
「こんなこと続けていてイイんかなと思うこともありますよ」
旅行のことですか?
「旅行だけではなくて、いろいろですよ」
イイんじゃないですか。誰に迷惑を掛けているわけではないし、楽しそうですよ。僕も将来、そうしたいくらいです。
運転中の奥山さんが、なぜか急にシンミリしてきた。喋る内容も内省的だ。
「今日は調子に乗っていろいろ話しましたが、一人身の寂しさを紛らわすために口数が多くなってしまったようです」
そうなのかもしれないけれども、僕にはそうは思えなかった。それは謙遜であって、気ままな一人暮らしとドライブ旅行を満喫しているようにしか見えなかった。
「家族を大切にしましょうね。楽しくやりましょう」
駅のロータリーに着き、お礼を述べてミニカを降りると、開けた窓から奥山さんはそう言って来た道を引き返していった。辺りは薄暗くなり始めていた。