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背景も含めて丸ごと好きなんです 越後貴裕さんと三菱デボネアV3000DOHCロイヤル-AMG(1989年型 15年6万6000km)

※お客様より了承を頂戴し、ナンバープレートを隠さず掲載させて頂いております。

刑事ドラマに出ていた

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 運転免許を取る前から欲しかったクルマを手に入れて、ずっとその車種だけを乗り続けることができたらどんなに幸せだろう。

 栃木県在住の越後貴裕さん(37歳)は、まさにそんなひとりだ。就職が決まってひとり暮らしを始めた時に一番最初に実行したかったのが、自分のクルマを買うことだった。

 今から19年も前のことだからインターネットはほとんど普及しておらず、中古車雑誌を1ページずつめくって眼を通していくしかなかった。そのページを切り取って越後さんは今でも大切に取ってある。

 探していたクルマは、三菱デボネアV-AMG。珍しいクルマだが、越後さんはどうしてもデボネアV-AMGが欲しかった。

「クルマはずっとカクカクした4ドアセダンが好きでした」

 クルマだけが好きなのではなく、乗り物全般が好きな少年時代を送っていた。クルマよりも、むしろバスや電車の方が好きだった。高校卒業後の進路を決める時には、迷うことなくバス会社に入って運転手になることを希望したが、狭き門であることが判明して鉄道会社に変更。見事に試験を突破して、現在は電車の運転士を務めている。

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 その頃は、越後さんはデボネアVのことも、追加モデルであるデボネアV-AMGのことも知らなかった。デボネアVのことは、高校生の時に街を歩いていて写真部の先輩から教わった。

「あのクルマ、カッコいいですね」

「デボネアVっていうんだよ」

 その時、クルマを買うんだったらデボネアVにしようと心に決めた。

 入社後の研修期間中の夕食後などに中古車雑誌を買ってきては頃合いのデボネアVを探した。

「中古車雑誌ではなくて、たまたま国産絶版車の専門雑誌を買って読んでいたら、デボネアVとAMGが一致したんですよ」

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 AMGとは、デボネアV-AMGのことだ。

「小学生の頃に、テレビで放映されていた刑事ドラマ『ゴリラ』が好きで毎週楽しみにしていて、一目散に学校から帰ってきて観ていました。その刑事たちが乗っているクルマがAMGだったのです。ドラマ用に特別に造られたクルマじゃなくて、一般に発売されていたクルマだったのを雑誌で初めて知って驚きました」

 バスや電車の方が好きだったわけだから、デボネアV-AMGの存在までは知らなかったのだ。

 "アッ、あのクルマじゃないか!?"と気付いた瞬間、越後さんのターゲットはデボネアVからデボネアV-AMGに切り変わった。

「"あのクルマは売っていたんだ!"と驚く間もなく、猛烈に欲しくなりました。劇中では、神田正輝が演じる刑事がAMGに乗っていて、カッコ良かったんですよ」

 越後さんは、『ゴリラ』に夢中になっていた頃のことを昨日のことのように話す。DVDセットを持っていて、今でも観返しているほどだ。そんなに好きだったドラマの劇中車が探せば買えるかもしれないと分かった時の心の昂りは、さぞや熱いものだったのだろう。

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 AMGは現在でこそダイムラー社メルセデス・ベンツブランドにおける、各モデルの高性能兼高級版を担うサブブランドとなったが、かつては独立したチューナーだった。その頃も、チューンする対象のクルマはメルセデス・ベンツがほとんどで、エンジンやサスペンション、空力パーツまで一台を丸ごとチューンした完成車を製作することから、ユーザーが自分で組み込む各種のパーツの製造販売まで行っていた。

 だから、当時、僕がデボネアVにAMG版が造られるというニュースを聞いた時はとても驚かされたのを良く憶えている。

 メルセデス・ベンツはAMGと長年に渡って共同でモータースポーツ活動を行ってきた歴史的な背景があったけれども、三菱自動車はやや唐突な気がした。また、その対象がフォーマルなデボネアVという点も意外だった。

国際協業のひとつの成果

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 今から考えてみれば、デボネアV-AMGというクルマは、三菱自動車が当時推し進めていた外国の自動車メーカーとの協業の中でのひとつの成果と捉えることができるのだろう。プラットフォームは韓国のヒュンダイ・グレンジャーと共同開発したもので、V6エンジンはアメリカのクライスラー社に供給していたものと基本を同じくしている。AMGとはデボネアVだけではなく、ギャランAMGも一緒に造った。

 デボネアV-AMGを15年以上持ち続けているというだけで珍しいのに、さらに驚くのは越後さんにとってこのクルマが3台目のデボネアV-AMGだということだ。

「ナンバーを付けたクルマとしては3台目のデボネアV-AMGで、他にナンバーを付けなかった2台のデボネアVを含めると、5台目のデボネアVということになります」

 言葉も出ないとは、このことだ。こうしてリヤシートに乗せてもらって走っているこのデボネアV-AMGは3台目だったのだ。デボネアVのオフ会で知り合った「同好の士であるM氏の紹介」で岐阜在住の個人オーナーから譲ってもらった。「M氏」と、つい最近も連絡を取り合った。最初のオーナーの関係者が次に乗ってくれるオーナーを探す時に最初に声を掛けたのが「M氏」だった。まだ学生だったが、デボネアVではない三菱のセダンに乗っていた。2台は持てないので岐阜のオーナー氏の元に渡り、手放すことになったと聞いて、それを越後さんに紹介した。たとえ自分のものにならなかったとしても、一緒に好ましいオーナーを探し、さらに次のオーナーまで紹介する。愛なのか業なのか、どこまでも深い。

時代の勢い

 2台目も、中古車雑誌を何気なくパラパラやっていることがキッカケだった。

「AMGの後期型が88万円で載っていて、いちおう電話してみたら売れちゃっていたんです。買う気はなかったはずなのに、余計に欲しくなっちゃって」

 それで、AMGはないかと眺めているうちに見付けたのが58万円で売り出されていたシルバーのAMGだった。安かったのは、事故車だったからだ。

「AMGのボディカラーは白しか設定されていないはずなのに、なぜシルバーがあるのか不思議でした。売り物を見に行って、コーションプレートに記されているカラーコードナンバーを見たら純正のシルバーのナンバーが書かれていたので特注で塗られたものだということがわかって、舞い上がって買ってしまいました」

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 越後さんは、2台のデボネアV-AMGのオーナーとなった。1カ月8000円の駐車場を2台分借りて駐めていた。

「クルマが趣味なので仕方ありませんね」

 一番好きだった鉄道は仕事になったので、二番目だったクルマが趣味に"昇格"した。

「ええ。そうなんですよ。好きなもので」

 越後さんは、そう言って優しく微笑んだ。三菱のクルマに限らず、今まで好きなクルマを追求している人たちにずいぶんと会ってきたけれども、彼ら彼女らは本人が意識していなくてもどこか必ずストイックな一面を持っているものだ。修行僧のような厳しさをうかがわさせる一瞬の表情やエピソードに直面させられると、"ああ、やっぱりこうやって好みを追い求め続けているのだな"といつも感心させられてきた。

 越後さんのデボネアVにまつわる行動だけを聞いていると立派にその一員なのだけれども、人柄は穏やかそのもので、普段は優しい9歳と6歳の二児のパパなのである。とても5台ものデボネアVを所有していたことがあって、現在3台目のデボネアV-AMGに乗っているとは想像もできない。

「フフフフフフッ。そうですか!? リムジンに乗っていたこともあるんですよ」

 本人は淡々と事実を述べているだけなのだけれども、いったい何回驚かされるのだろう。

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 AMGも珍しいのに、さらに珍しいデボネアVリムジンに乗っていたなんて。デボネアVリムジンはホイールベースが60センチも延長された専用ボディを持っていて、それは三菱自動車工業の工場ではなく、愛知三菱自動車販売というディーラーが製作した珍しいものだ。

 越後さんがインターネットオークションで競り落としたリムジンのカタログに、なぜディーラーがクルマを造るのかという宣言が高らかに謳われているのかを見せてもらった。

「誰だってみんな本物を求めていたじゃないか! この忘れかけていた創るという純粋な動機を見直し、"人が生長し、ゆえに車が精巧に……地球も進化してゆく"すべてが生かされる事業開発を目指します」

 なにか壮大な意気込みが伺われる。

 時代の勢いだったのだろう。今だったら想像できない。

絆は海をも越えた

「リムジンは、このAMGと交代で普通に乗っていましたけれども、"AMG仕様のリムジン"を自分たちで造る計画を進めていたんですよ」

 AMGもリムジンも珍しいのに、掛け合わせたらもっと珍しくなってしまう。

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「必要なパーツも揃っていたし、青から白に塗り直す費用とやる気さえ出せれば、いつでも取り掛かれる状態だったんです」

 サラッと話すところが越後さんらしい。

「でも、計画は中止しました。結婚することになったからです」

 それは、伴侶となる人との約束だったのだろうか。

「いいえ、自分で考えて決めたことです。独身の頃と同じように3台分の維持費を結婚しても払い続けることは許されないと考え、自分で整理することにしました。でも、妻には"1台は持つからね"と宣言しました」

 やはり、マジメで家族想いの優しい人なのである。

 2台は知り合いに譲渡し、2台分のパーツからは後に再利用するであろうコンピュータを取って、大部分は処分した。だから、この3台目のデボネアV-AMGだけになってずい分と経つ。でも、譲った相手や3台目を紹介してくれた人たちとはその後も連絡を取り続けている。車が希少だからなのか、愛好する仲間たちとの付き合いを大切にする人なのである。

 そうした絆は海を越えたこともある。偶然知り合った人のデボネアV-AMGの次のオーナーを探すためにホームページまで作った。クルマの価値がわかって末長く愛してくれる人に譲りたいからだ。なんと、それを見た韓国の人が問い合わせてきて、話が進んで譲ることになった。譲った後も、越後さんは韓国を訪問している。それも2回も。韓国の新オーナーもAMGと共に2回日本を訪れた。

柔らかな乗り心地

 デボネアV-AMGを停めて、じっくりと見せてもらう。じっくり見るのは初めてかもしれない。

 確かにフォルムはカクカクしているが、プロポーション自体はシンプルでキレイだ。ドアを開けて、運転席に座らせてもらうと、スイッチやボタンなどの多さに時代を感じさせられる。最近のクルマはここまで多くない。

「その取っ手は、こっちにも付いていますよ」

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 革巻きの立派な取っ手が4人分それぞれの天井に付いていることに驚くと、運転席と助手席の背もたれにもさらに長いものがひとつずつ付いていることを教えてくれた。このクルマに乗る人が乗り降りの際などにしっかりと掴めるようにと考えられ、備え付けられている。

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 乗る人のためと言えば、助手席の背もたれの中央部分が引き出されて、後席に座った人が脚を投げ出して乗せられるオットマンになっている。ヘッドレストも前に倒れるから、後席に乗った人は足を伸ばしてリラックスでき、前方の視界もグッと開ける。

 移動中に資料を読み込むための読書灯も、まだ珍しかったテレビも備わっている。貴重だった自動車電話が取り付けられていた痕跡も残っている。VIPのための装備がたくさん付いている。

 デボネアV-AMGの生産台数は前期型が240台で、後期型が58台。

「自動車工業会の図書館にも行きましたが、資料はとても少なかったですね」

 ベースとなったデボネアVの生産台数も約2万8,000台なので、パーツの入手が困難になってきている。帰省中の北海道や長野の解体屋によく通い、エンジンやトランスミッション制御用のコンピュータやエアサスペンション、内外装のパーツを買っていた。

「それらも2年ぐらい前からほとんど手に入らなくなってしまいました」

 自分で組み込む時もあるし、以前から面倒を見てもらっている「三菱自動車サテライトショップゆうき」に依頼する時もある。

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 最悪のトラブルは、帰省中にウォーターポンプが固着して動かなくなり、オーバーヒートしボンネットの隙間から盛大に水蒸気を吹き出したことだ。ローダーに乗せて、ディーラーの工場に運び込んだ。

「他にも、たくさんありますよ。古いクルマですから仕方がありませんね」

 エンジンとトランスミッションも載せ替えてある。

「カネコさん、運転してみますか?」

 コンビニの広い駐車場で、お言葉に甘えて運転を代わってもらった。運転するのは初めてだ。

 クッションの厚いシート自体がソフトなのに加えて、サスペンションもとても柔らかい。先ほど、後席に乗せてもらった時も柔らかな乗り心地は感じていたけれども、運転すると余計にそう感じる。

 スイッチ類の多さは、運転し始めると気にならなくなった。パワーは十分で、200馬力というスペック以上に感じた。運転している分には昔の余裕のある4ドアセダンそのもので、外観から受けるような特別な印象は出て来ない。

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「でも、当時の三菱は"何か"を起こそうとしていたような気がします」

 リムジンだけではなく、越後さんのカタログコレクションの中には「デボネアVアクアスキュータム」というものもあった。コートで有名なイギリスのアパレルブランド「アクアスキュータム」とコラボしたデボネアVだ。これは知らなかった。

「このクルマを、ただのVIP用のフォーマルセダンだけでなく、それ以外のカジュアルな乗り方にも使ってもらいたいとあれこれ試みていたようですね。AMGはその強烈な例ですが、そうした背景も含めて丸ごとこのクルマが好きなんです」

 たしかに、そういう意図も伺える。越後さんが丹念にインターネットオークションで買い集めてコンプリートしたデボネアVのカタログコレクションを見せてもらっていると、そうした試みが行われていた時代の様相が読み取れる。

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「"なんでデボネアなのにAMGなの?"とよく訊ねられます。そうしたイジられキャラなところも好きですね」

 デボネアVすら知らなかった高校生の越後さんをここまで虜にしたのもまた、このクルマの存在としての強烈さによるものだ。越後さんも幸せならば、彼のデボネアV-AMGもまたクルマとして幸せなのではないだろうか。

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