※お客様より了承を頂戴し、ナンバープレートを隠さず掲載させて頂いております。
三菱自動車工業の燃費不正問題によって更新を休止していた「三菱10年10万kmストーリー」を再開します。
休止してもバックナンバーは掲載されているので、担当部員たちはオーナーさんたち全員に掲載継続の了解を得るために連絡を取りました。ありがたいことに、どうしても連絡がつかなかった二人を除いて、バックナンバーの掲載をやめたいという人は一人もいませんでした。その際に寄せられた言葉を僕のブログに転載したところ、非常に多くの反応をいただきました。
「残念のひとことに尽きる」
「企業体質を改善するべき」
「同じようなことを、なぜ繰り返すのか?」
厳しい言葉ばかりでしたが、僕も当然のことだと思いました。
三菱i-MiEVで、6年間でなんと19万7000kmも走った金倉弘樹さん(41歳)は、大いに落胆したと言っています。
「ガッカリしました。リコール隠しの時と何も変わっていないじゃないですか!?リコール隠し問題の後に、岡崎工場に呼ばれたことがあります。"反省の証として、今後はユーザーと社会の声をしっかりと聞いて、クルマ造りを進めていくので協力していただけませんでしょうか"という申し出を快諾して、シャリオオーナーズクラブの仲間たちと岡崎工場で開発者の方々とお話しさせていただきました」
弘樹さんには、この連載が始まって4回目に登場してもらっている。三菱シャリオに24年22万9700km乗るご家族の双子の次男として、兄の正樹さん、父親の那伽雄さん、母親の滋子さんと一緒に4人で取材に応じてもらった。
すでにその時には弘樹さんは自分のクルマとしてこのi-MiEVを購入していた。あのi-MiEVが、あの時からこんなにもハイペースで走行を重ねていたのだ。
「僕らは三菱自動車のファンなので、三菱のクルマを良くしたり、面白いクルマを造ってもらうためだったら、喜んで協力させてもらうつもりで岡崎に向かいました。少しでも役に立つならば、むしろうれしいくらいなのです」
開発陣との議論は白熱した。
「その時のエンジニアの皆さんは熱かったんですよ。いいクルマを造りたい、ユーザーに喜んでもらいたいという熱意がスゴかった。問題はあったけど、"三菱は捨てたもんじゃない。自分たちの進むべきビジョンをしっかりと持っている"と感激しました。それなのに、今回の問題が起きてしまった。前回の反省が生かされていませんよね?」
その時は開発陣との意見交換にとどまらず、敷地内で未公開のi-MiEVのプロトタイプを試乗することもできた。
「衝撃的でした。今まで体験したことのない運転感覚で、とても面白かったです。発売されたら絶対に買おうと決めましたから」
開発陣への信頼感とプロトタイプから受けた好印象によって、金倉さんは実際にi-MiEVを購入した。
「シャリオのようなエンジン車も好きですけれども、i-MiEVに乗るようになって電気自動車の魅力にのめり込んでいきました」
i-MiEVのどこに魅力を感じたのだろうか?
「"珍しモノ好き"なんですよ。今までに存在していなかったクルマが欲しくなるんです」
そう言えば、たしかシャリオの取材でもそんなようなことを言っていた。
「セダン全盛の時代に、それとは違ったカタチのファミリーカーを模索しようとしてできてきたのがシャリオなんですよ」
もちろん、シャリオを買った時にふたりはまだ小学生だったのだから、それは父親の那伽雄さんからの受け売りだったのかもしれない。あるいは、"珍しモノ好き"の精神はシャリオに長期間乗り続けるうちに醸成されていったものだと考えることもできる。
いずれにせよ、正樹さんと弘樹さんの兄弟はクルマ好きに育ち、世の中よりも少し先んじたクルマを愛用している。
「クルマに限らず、"出たて"を買いたいんです。MDプレーヤーとかも、すぐに買いましたし」
"珍しモノ好き"であり、"新しモノ好き"だ。
「珍しいプラス乗って楽しい。i-MiEVには、このふたつが揃っています」
三菱自動車は、i-MiEVを最初期に購入した顧客に調査のために集まってもらったことがあった。弘樹さんも招かれ、i-MiEVについて日頃から感じていることを正直に述べた。
併せて、弘樹さんはi-MiEVを急速充電した時のモニター画面を撮影したデジタル画像と場所の記録を三菱自動車に提供した。極力、毎回記録するように心掛けていて、全部で1000回分以上もあった。
「実際に公道を走って使った記録ですから、電気自動車の開発に役立ててくれたらうれしいです」
充電器のモニター画面をカメラで撮影しただけのものだが、1000回以上というのは、弘樹さんと正樹さんのi-MiEVに寄せる熱い想い以外の何ものでもない。なぜ、そこまで一所懸命になるのだろうか?
「不便なこと、思い通りにならないこともあるけれども、EVにはそれらに勝る魅力があります。可能性の大きさに惹かれるから乗っているんです」
正樹さんも同じ想いだ。
「EVは、ドライバーが少しだけクルマに気を掛けてあげて乗るクルマです。ガソリン車でも、古いクルマだったらいろいろコンディションを気にしながら乗りますよね。あれと同じようなものです」
ふたりが、EVOC(EV Owners Club)というクラブの活動に熱心なのも、電気自動車の魅力を広めるためだ。
「i-MiEVに限らず、EVにはまだわからないことがあります。EVユーザーを増やし、知識を深め、情報を交換していくために活動を充実させたいですね」
金倉さんのi-MiEVは、2014年7月に走行8万9937kmでバッテリーを交換している。駆動用バッテリーの保証期間5年10万km以内での容量劣化は明らかだったので、関東三菱自動車販売世田谷営業所で無償交換された。他の部分の保証期間は10年10万kmだ。
「購入当時は、三菱自動車にもi-MiEVのバッテリー容量劣化に対する保証がキメ細かく定められていなかったようですね」
兄の正樹さんも、弘樹さんのハイペースに半ば呆れている。
「て言うか、あなたの走行距離が伸びるペースがメーカーが想定していたのよりもはるかに早過ぎたからじゃないの?ハハハハハハッ」
現在は三菱自動車の駆動用バッテリーに関する保証は容量劣化も含めキメ細かく定められ、ホームページに記されている。
アウトランダーPHEV及びMiEVシリーズ駆動用バッテリーの保証
5年10万kmの特別保証期間が定められているが、容量保証はそれに加え8年16万km以内で容量の70%を下回った場合、無償で修理・交換をおこなう。
さらに故障に対しては、8年10万km以内の場合、特別保証終了後でも部品代の負担を一定上限額に抑えるサポートが実施されている。
ちなみに、その金額(税込み)は5年超6年以内で10.8万円、6年超7年以内で21.6万円、7年超8年以内が27万円となっている。ユーザーの使用例や回収されたバッテリーの分析結果などを反映した改定を経て現在の基準が定められており、ユーザーの使用状況を鑑みた対応と言えるだろう。
「8万kmを過ぎてから、ガクッと来ました。バッテリーの劣化が目立つようになりましたね」
劣化を最初に自覚したのは、電欠ストップだった。いつもは充電せずに問題なく自宅から辿り着けていた山梨県の「道の駅・道志」の2、3km手前で電欠して停まってしまったのだ。その時はそこで電気自動車オーナーたちの集まりがあり、仲間に牽引してもらって助かった。「道の駅・道志」には急速充電設備が設けられていた。
携帯電話やパソコンでも、バッテリーが劣化すると電気をすぐに消費してしまって使用できる時間が極端に短くなる。それは電気自動車でも同じことで、航続距離が短くなってくる。
i-MiEVのメーターパネルの左側には充電量を表すメーターがあって、満充電だと16個のセグ(コマ)が表示される。
「劣化が始まる前までは、ひとつのセグでだいたい10km走れるという目安でしたね。それがバッテリーが劣化してくると、最終的にはひとつのセグで走れるのが6kmぐらいにまで減ってしまいました」
単純計算すると、新品バッテリーでは10km×16個=160km。劣化したバッテリーでは、6km×16個=96km。弘樹さんがギリギリで「道の駅・道志」に辿り着けなかったのも無理はない。
バッテリーが劣化すると、電気自動車には大きな問題がもうひとつ起こる。充電時間が長くなるのだ。
「電気が入りにくくなるんです。今まで30分間も急速充電すれば80%ぐらいは充電できていたものが、70%ぐらいしか充電できなくなっている感じです」
充電スタンドで一度に2回充電を行わなければ必要な分の電気を満たすことができなくなる。
「劣化すると、減り方が不規則になって読めなくなるし、寒くなるとさらに入りにくくなります」
バッテリーの劣化状態(健全率)を表す専門用語に「SOH」(State of Health)があり、もう一方の溜められる容量に対してどれだけ入っているかを示すのに「SOC」(State of Charge)があると弘樹さんは教えてくれた。劣化が進むとSOHが下がり溜められる容量が減ると同時に、充電に必要な時間も長くなる。つまり、劣化が進む前と同じ時間充電したとしても溜まる量が減るので、SOCも低下しているように感じてしまうのだ。
それが予期せぬ電欠につながった。このように、電気自動車にとってバッテリーの劣化は重要な問題だ。
単純に比較してしまえば、そろそろ今のバッテリーも寿命が近付いているはずだ。だが、そんな兆候はまったくないという。
「1個目のバッテリーで感じた性能の劣化は、2個目ではまったく起きていません。バッテリーの性能向上は著しいですね。15万6000km時にSOHを自分で計算してみたら82.9%もありました」
「フレッシュな印象は、その時と変わっていません。どこまで使い続けることができるのか見極めてみたいですね」
弘樹さん、正樹さんと一緒にi-MiEVに乗って出掛けた。助手席の窓を開けて住宅街の路地を走ると、当たり前のことだけれど電気自動車の静粛性の高さが実感させられる。
タイヤが路面と擦れる音と微かなモーターの唸り音が却って良く聞こえてくるくらい、住宅街の静寂の中に半ば融け込んでいる。これがエンジン車だったら、極低速で走ったとしても排気音が発生し、平穏な空間に余計なノイズを吐き出してしまうだろう。電気自動車はそういうことがないから、自分の存在感を周囲と同一化していってしまうようだ。こうした感覚はとても新鮮だ。
EVを含めた低公害車は60分間無料になるという公園の駐車場に停めた。
「公共施設の充電設備などで無料のところもあったりしますから、そうしたメリットももっと知られた方が普及に繋がっていいと思うんですよね」
本当に、いつも我が事のようにEV普及のことを考えている人なのだ。
それにしても、6年で20万km弱というのは驚異的なハイペースではないか。
「千葉の会社への毎日の通勤で60km走って、休日にはクラブの集まりやイベントに参加したり、ほぼ毎日どこへ行くにもi-MiEVに乗って行っています」
年間3万kmというのはとても多い。
「あと、あなたの場合は"電気自動車で、どれだけ走れるか"っていうことを実験しているところもあって、あえて距離がたくさん出るようにガンガン乗っているよね?」
正樹さんが代弁した。ふたりともクルマが好きで一緒に行動することも多いからなのか、お互いのことをそれぞれ自分のことにように話しているように聞こえる。それが双子というものなのか。
駆動用バッテリーを交換した他、19万7000kmあまりの間に、トランスアクスルを交換した。
「その中のオイル交換が重要だったらしく、今では6か月点検ごとに交換するようにしています」
走行モードを検知する2つのインヒビタースイッチのうちの一つが壊れて交換した。この時も、弘樹さんは症状を動画と画像に撮影してディーラーに相談している。
軽量化のために、駆動用でない方の鉛バッテリーをリチウムイオンバッテリーに自主的に交換してある。8.7kgが2.8kgになるが、価格は10倍近い。
助手席に乗せてもらって感じるのは、経年変化や劣化の小ささだ。とても20万km弱走っているとは思えないほど、シャキッとしている。
「エンジンやトランスミッションなどがないことによる振動の少なさや駆動用バッテリーを床下に積むことのよる重量バランスの良さなどに起因しているのかなとも想像できるし、ベースとなった三菱iの素質の高さにもよっているのかなと考えています」
強いて挙げれば、段差を乗り越えた時に感じるショックがキツくなり始めたので、サスペンションのスプリングやダンパーの交換などを検討している。僕も同感だ。
どんなことでも、長年の習慣と意識を改めるのは容易なことではない。
電気自動車にエンジン車並みの走行可能距離が確保されていないことを不安に、不満に感じるのはごく自然な感情だろう。
「でも、心配要りませんよ。i-MiEVの場合だと、急速充電ならば30分あれば電欠寸前からほぼ80%くらいまで充電できるわけだし、10〜15分でも60〜80%は入るのだから、充電すれば済むこと」
充電スタンドの所在地はアプリで確認すれば一目瞭然だが、今ではかなり普及している。
「意外なことに、EVに乗り換えるとそれまで乗っていたエンジン車よりも走行距離が増える人が多いんですよ。年間3000kmしか走らなかった人が、EVに換えた途端に1万kmも走るように目覚めちゃった人がいます」
弘樹さんが話に夢中になると早口になるのはシャリオ取材の時と変わらない。
「あと、EVにすると目的を持って乗るようになりますね。充電スタンドを線で繋ぐようにしてドライブブランを立てることで、双六みたいにあちこち寄ってみようという気になり、距離が伸びるんですね」
正樹さんも眼を輝かせ、早口でEVについて熱く語る。
「道の駅に充電スタンドが増えてきましたから、充電する間に買い物や食事ができる。それが進むと、"どうせ買い物したり食事を摂るならば、充電スタンドのない店よりある店にしよう"ってなります。そうした習慣が自然と身に付いてきますよね。みんな、毎日、家に帰ったら真っ先に携帯電話をコードにつないで充電するでしょう!? それと同じことですよ」
「最近、"30分スタンダード"というのが普及し始めてきているんですよ。"急速充電スタンドで充電する際には一台で30分で済ませて次の人に譲ろう"というマナーです」
その"30分スタンダード"なら、僕も聞いたことがある。
「バッテリーの性能が向上したら、30分が15分、あるいは5分になるかもしれません。そこが面白いんですよ。いま行われていることも、どんどん変わっていくかもしれない」