2018.11.20
東京都

乗り続けることが恩返し
樋渡盛晃さんと
三菱GTO MR(1996年型)
022
0117,000
※お客様より了承を頂戴し、ナンバープレートを隠さず掲載させて頂いております。
スパッと型式が出てくる

三菱GTOに新車から22年11万7000km乗り続けているという男性からSNS経由でメッセージをもらった。
GTOへの想いの深さが伺える文面で、「最後まで付き合っていければと思っています」と締めくくられていた。
すぐに返礼を送り、訪問することになった。
樋渡盛晃さん(55歳)は東京都内で歯科医院を開業している。ガレージに駐められていた樋渡さんの黒いGTOは、ヘッドライトが固定式に変更された後期型モデルだった。

曲線を多用したデザインのボディは派手で、存在感があるのは昔と変わらない。22年間分の年季が入っている。
「Z15Aという型式です」
スパッと型式が出てくるあたり、GTOそのものに精通しているのだろう。これまでの取材でも、自分のクルマを型式で呼ぶ人はメカニズムに明るい人が多かった。
「前期型の、コーナリングでのノーズの入りが良くない点が後期型で改められたので購入を決めました」

クロムメッキされたアルミホイールや赤いブレーキキャリパー、大きなリヤウイングなどが標準装備された「MR」というスポーティなグレードだ。
3.0リッターV型6気筒エンジンはツインターボ過給され、280馬力の最高出力と43.5kgmの最大トルクで4輪を駆動する。当時としては、最も強力なエンジンを搭載した日本製スポーツカーの1台だった。トランスミッションは、ドイツ「ゲトラグ」社製の6速MTを搭載していることも話題を呼んだ。
GTOを前にして、しばし立ち話。
樋渡さんは、GTOの前にはスタリオンGSR-Vに乗っていた。さらにその前はギャランΣだった。今までに乗った3台は、すべて三菱製。
父親が三菱グループに属する会社を経営していて、その縁で中古のギャランΣに乗ったことが始まりだった。ちなみに、その会社というのは三菱グループ各社のビルの屋上の看板を製作する会社だった。
そのギャランΣに3年10万km乗り、次にスタリオンGSR-Vに7年10万km乗った。
「スタリオンは速くて、楽しかったです」
ターボチャージャーのタービンが壊れ掛かるまで乗り、ちょうど消費税が3%から5%に上がるタイミングもあって、GTOに買い換えた。
「定価で600万円以上でしたが、3つのディーラーから見積もりを取り寄せて、“コミコミで”410万円と最も安かった京都のディーラーから購入しました」
ずいぶんと良い条件だ。
「最近は、忙しくてあまり乗ってあげられなくて」
平日は医院で診察を行い、週末は歯科用レーザー治療の講演のために全国を飛び回っているから、GTOに乗る時間をなかなか割けない。今日は、そのどちらでもない久しぶりの休日だ。

断然、ターボ好き
「宮ヶ瀬に行ってみましょうか?」
この時間ならば、ここから1時間は掛からないで宮ヶ瀬湖に着けるだろう。宮ヶ瀬湖というのは神奈川県東丹沢にある人造湖で、宮ヶ瀬ダムの建設によって堰き止めて造られた。景観に優れ、駐車場などの施設も完備していることから首都圏からの来訪者が多い。
「昔は週に1、2回は走りに行っていたんですよ」

助手席に乗せてもらい、宮ヶ瀬湖に向かった。GTOのシートはサイド部分の張り出しが大きなバケットタイプだ。
黒一色のダッシュボードの中央上部に3つの小径メーターがドライバー側に向きを傾けられて設置されている。覗き込むと、左から油温計、ターボブースト計と水温計、時計と並んでいる。
6速MTのシフトレバーにも年季が入っていて、表面の革が擦れている。
東名高速に乗って前が空いたのを確かめると、樋渡さんはGTOのアクセルペダルを深く踏み込んだ。排気音が高まり、僕の上半身がクッとシートに少し沈み込み、速度が上がっていく。
「この、3000回転を越えてからクィーンと音が変わっていくところが好きですね」
3速から4速、そして5速に入れようとした時、車間距離を見誤った隣の車線のマイクロバスが僕らの前に急に躍り出てきた。
危ないっ!
樋渡さんは少しも慌てずに、4速のままアクセルを戻し、同時にフットブレーキを少し踏んで速度を調整した。お見事!!
「今みたいな状況でも、このクルマはシャシーがしっかりしているのでフラつくようなことはなく、姿勢が安定しているので頼もしいですね」
たしかに、その通りだ。
「あと、このエンジンは下の回転域からトルクが太いから乗りやすいんですよ。スタリオンのターボエンジンも同じ傾向で、好きでした」
クルマ好きは、エンジンに関して樋渡さんのようなターボ好きか、反対に自然吸気好きかでだいたい好みが分かれるものだ。
「私は断然、ターボが好きです」
ターボエンジンと4輪駆動の組み合わせは、速さもさることながら高速道路での安定性にも寄与している。長距離を連続して走行する時などには大きな安心感につながる。
「高速安定性が高いので、遠くの講演先にはこのクルマを運転して出掛けることもありますよ。先日も、茨城県の水戸までこれで行きました」

レースにも出ていた
東名高速を厚木インターで降り、一般道を北上していく。
「ホント、昔はよく来ました」
宮ヶ瀬湖が近くなってくるに従って、樋渡さんはGTOで走った日々を思い出していく。
「宮ヶ瀬、箱根、伊豆。走ることが楽しみで、夢中でした」
峠道に差し掛かると、スポーツカーやオートバイなどが増えていき、それらは見通しの良い直線路に差し掛かると、次々とGTOを追い越していく。
「(彼らの)気持ちはよくわかります。昔は、私が追い越す方でしたから。ここの直線でも追い越しましたし、さっきのコーナーでも追い越していましたよ」
樋渡さんは宮ヶ瀬湖周辺の道路を熟知していた。つまり、今でも憶えているほど走り込んでいたのだ。相当に通って来なければ、こんなには憶えられないはずだ。
「ここを走るだけでなく、仲間とアマチュアのツーリングカーレースに出たりもしていました」
本格派ではないか!

GTOでもサーキットを走ったし、仲間のクルマでもレースに参戦していたそうだ。
「いやいや、でも、コーナーでスピンしたこともありましたよ。ハハハハハハッ」
人懐こい笑顔になって、笑い飛ばす。樋渡さんは飾らない人だ。
天気の良さに誘われたのか、宮ヶ瀬湖の駐車場はどこも満杯だった。湖の周囲を往復して、僕らもGTOでのドライブを楽しんだ。アップダウンとコーナーが連続する道を、ターボエンジンと4WDのコンビネーションで軽やかに駆け抜けていく。
「エボのAYCはいいですね。ハンドルを切った時のノーズの入りが違う」
対向車線を行くランサーエボリューションⅥと擦れ違ったのを、樋渡さんは見逃さなかった。
ランサーエボリューションもメカニズムはまったく別物だが、ターボエンジンのパワーで4輪を駆動するという点はGTOと共通している。
「GTOのようなスポーツカーを、もう一度造ってもらいたいですね。最新のターボと4駆で運転を楽しめるようなクルマを、ですね」
だいぶ混雑してきたので、早々に引き上げることにした。久しぶりの宮ヶ瀬湖を樋渡さんは満喫したようだ。

三浦雄一郎さんのように
「娘が生まれた時に、義父母に言われたんです。“小さな子供を乗せるにはふさわしくないクルマだから、GTOは買い換えたらどうか?”と。でも、私は“もう10年間も乗り続けているほど気に入っているのだからイヤだ”と断固反対して、こうして乗り続けています」
しかし、家族で出掛ける時などには、適宜レンタカーを借りるなどしている。
「妻からも、“普通のクルマに買い換えたらどうですか!?”と言われていましたが、最近では諦められているようです。ハハハハハハッ」
自虐的にGTOのことを話すが、家族の理解があって乗り続けていることをいちばん良くわかっているのは樋渡さん自身のようだ。

「ずっと乗り続けますよ。そのために、ジムに通ったり、三浦雄一郎さんのように20kgのザックを背負って医院まで歩いて通勤したりしています」
すべては、GTOを乗り続けるための体力を維持するためだ。
GTOも五体無事というわけではない。6速MTは3基目だ。最初の半年点検でオイル漏れが直らずに交換され、2基目もリバースに入らなくなり交換された。
5年前には、エンジンが6000回転から上の回転域で失火するようになった。
「6000回転を超えると、ボボボボボボッという異音とともに回転が上がらなくなってしまいました」
原因を特定するのに2か月掛かった。あれこれ調べたが、プラグとプラグコードの劣化が原因だった。専門的な知識やノウハウが必要な整備ではいつも依頼している関東三菱自動車販売府中店に持ち込んでも、この時はわからなかった。
「“排気が白くないから、タービンが原因ではないだろう”と推察して、プラグを見たら焼け切れていたことで判明しました。プラグコードと、プラグをイリジウムプラグの熱価の高いものに交換して直りました」
樋渡さんはドライビングだけでなく、エンジニアリングにも秀でているのだった。

明日への活力源
早い時間だったので、渋滞にも巻き込まれずに都内に戻って来ることができた。
「歯医者を辞めて、1日中クルマをいじっていられたら幸せですね」
小学生でラジオを製作し、長じてパソコンも自作するようになり、プログラミングも自分で行なっていた。
「メカや工作が好きなんですね」
それは今でも変わらず、GTOに何か起きれば、“失火事件”の時のようにまず自分で原因を突き止めるようにしている。

目下の課題は2速から3速への入りが悪いことで、シフトリンケージのパーツの変形が原因であることは突き止めてある。しかし、そのパーツが欠品しているという。
「他にも、細かなパーツが手に入らなくなりました」
アメリカの業者にインターネット経由で注文することもある。
「ずっと乗り続けたいので、パーツの確保は重要ですね」
そして、GTOに気に入らない点はないと断言する。
「さっきのような狭いスペースでの駐車のしにくさは短所ではありません。それよりも、フルサイズを扱えることの方が喜びが大きいですから」
僕らはファミリーレストランで遅めのランチを摂っているのだった。
「GTOは私にとって道具ではなく、伴侶に近い存在です。乗り続けることがGTOへの恩返しになります」
最高の褒め言葉だ。
「GTOに乗るとリフレッシュできるので、“また明日から仕事を頑張ろう”という活力源になっています」
久しぶりだという宮ヶ瀬湖に一緒に出掛けて、樋渡さんのGTOへの想いが深いことがとても良くわかった。最初にもらったSNSの文章の通り、ずっと付き合っていくに違いないだろう。
