4座席必要

ときどき通る道に面した家のガレージにエクリプス・スパイダーが駐まっていたり、いなかったりしているのが気になっていた。
3代目に当たるエクリプス自体が今となっては珍しく、アメリカに行くと良く見るが日本ではあまり眼にすることがなくなった。スパイダーにいたっては、最近は見た記憶がほとんどない。
そのエクリプス・スパイダーはシルバーのオープンボディに黒い幌が組み合わされていた。幌のところどころが薄っすらと緑色に見えるのは、苔が生しているのだろうか。隣には大型SUVが駐まっていた。インターフォン越しに自己紹介させてもらうと、エクリプス・スパイダーは奥様のクルマだということだった。
ちょうど工場に入庫する必要があり、そこから戻ってきて見せてもらうことができた。

岡村安芸さんは2005年にエクリプス・スパイダーを新車で購入以来、15年4万5000km乗り続けている。

「15年も乗ったという感じがしませんね。とても気に入って乗っていますから、他のクルマに乗り換えようとは思いません」

ずっと前から、オープンカーに乗ってみたいと思っていた。

「ちょうど子育て時期が終わったので、自分用に前から欲しかったオープンカーを買うことに決めました」

家庭用には大型4ドアセダンやミニバンがあったし、もともとクルマは好きだった。
「“成人式の晴れ着は要らないからクルマを買って欲しい”と親にねだったくらいですから。フフフフフフッ」

V6の胸のすく加速

夫と娘ふたりも一緒に乗って出掛けるので、オープンカーとはいっても2シーターでは困る。4シーターが必要だ。

「夫が読んでいた新聞に、このクルマが紹介されていたのです。アメリカ製の三菱で、4人乗りだから、“これ、良いんじゃないかな？”って」

その記事には、“200台限定輸入”とあったので、すぐに三菱自動車のディーラーに見に行った。

「最寄りのディーラーにはまだ実物を置いていなくて、たしか何軒か探したと記憶しています」

ボディカラーは赤のつもりでいたが、実物を見てシルバーに決めた。
そういえば、工場に入庫していた理由は何だったのだろうか？

「走っている最中にエンジンが止まりそうになることが起きるようになったんです。工場では、“エンジンコントロールユニットのリレーが不調を起こす可能性が考えられます”とのことで、リレー部品をエアコンコントロールに用いられているリレーと入れ替えてみたそうです」

つまり、もし、これから岡村さんが運転中にエアコンが止まることがあれば原因はリレーにあると特定できて、それを交換しようという確実な修理方針だ。

事情がわかったので、さっそく助手席に乗せてもらい、海の方へ向かった。

車内からでも、エクリプス・スパイダーのコンパクトな様子を感じ取ることができる。

「アメリカ製といっても、大き過ぎないところがいいですね。ただ、回転半径が大きいのと、幌を下ろしている時の右斜め後ろと真後ろの視界が限られるので、代車に乗ったりすると違いに驚かされます」

片側2車線の空いた道に出たところで、岡村さんは加速させた。V6エンジンらしい、力強く滑らかに加速していく様子が助手席にも伝わってくる。

「加速がいいですね」

6気筒エンジンの余裕というものなのだろう。排気量も3.0リッターあるから、車体に対して十分以上の加速力を持っている。おそらく、岡村さんはたくさんアクセルペダルを踏んでいるわけではないはずなのだが、自然吸気ならではの乾いた排気音を伴いながら胸のすくダッシュを見せた。
エンジン排気量のダウンサイジング化が世界を覆うようになって、もうずいぶん経つ。だから、エクリプス・スパイダーのこの自然吸気3.0リッターV型6気筒エンジンの感触は稀少なものとなっている。

クルマを停めて、V6エンジンを見せてもらった。横に並んだ6本の吸気マニホールドとカバーの上の「3.0L V6 24VALVE」の打ち出し文字が誇らし気だ。アメリカ製である「MITSUBISHI MOTORS NORTH AMERICA,Inc.」というエンブレムがスカットルプレートに貼られているのも見える。
エンジンが止まりそうになったことがあるという以外は、いたって快調に走っている。

「O2センサーが寿命を迎えたらしく、警告ランプが付いて交換しました。今年になってから、いろいろと出てき始めました」

とは言っても、岡村さんが心配することなく乗り続けているのは購入した東日本三菱自動車販売株式会社 港南店のサービスに全幅の信頼を置いているからだ。

「買った営業担当者さんが今は整備を担当してくれていて、このクルマのことを新車から知ってくれているのが心強いです。よくやっていただいて感謝しています」

イタズラ心で

幌を開けてもらった。

「ここにストローを付けて、雨の水はけを良くしてくれました」

左側のAピラーに添ったゴム製のレインモールの中に短く切ったストローが付けられている。径の分の空間が確保されるから、ゴムで圧迫されることなく雨水の通りが良くなるという寸法だ。細かなことだけれども、このクルマのことがよくわかっていないとできない。整備マニュアルに書いてあるわけではなく、ユーザー思いの親身なひと手間だと思う。
グルリとひと周りすると、エンブレムやステッカーの類がないことに気付いた。

「買ってすぐに、ボンネットに付いていた三菱のエンブレムを取っちゃったんです。トランク部分にも何か貼ってあったような気がします。夫と、イタズラ心から“何のクルマだかわからないようにしちゃおうよ”って」

リアバンパーに“MITSUBISHI”と“ECLIPSE”とあるけれども、凹文字だから近付いて見ないとわからない。だから、良く知らない人から訊ねられたりもする。
でも、エクリプスが好きな人には遠くからでもすぐにわかる。

「買ってすぐに千葉の海に家族4人でドライブに行って、どこかの公園の駐車場に駐めようとしたら、ずっとこっちを見ている人がいたんです」

その人はひと世代前のエクリプスのオーナーで、エクリプスを駐めていた。岡村さんのエクリプス・スパイダーが駐車場に入ってくるところから気付いていたようだった。

「新型のスパイダー、いいですね！」

こちらへ向かってきて、しばらく立ち話で新旧エクリプス談義を楽しんだ。
また、最近行った自宅のリフォーム工事の業者のひとりがクルマ好きで、実物のエクリプス・スパイダーに眼を見張らせていた。

「“映画の『ワイルドスピード』は全部観たくらい好きなんです”って、喜んでいました」

エンジン不調の他にも、左右の後席窓ガラスのゴムパッキンが経年変化で破れてしまっていたり、ときどき後席の床が濡れる原因なども見極めなければならない。きれいに乗り続けるためにはいくつか課題もある。でも、岡村さんはディーラーを信頼しているし、ディーラーもそれにキチッと応えているから、いずれ解決されるだろう。

「走りも良いですが、カタチが好きですね。ドアの下のラインが、このクルマらしくて好き。ずっと乗り続けたいですね」

もし手放してしまったら、他に換わるクルマはないのではと思ってもいる。

「もっと乗り続けたらビンテージ感が増えて、さらに愛着が増していくかもしれませんね。その先のことは、ちょっと想像できません」

岡村さんが“想像できない”というのは、エクリプス・スパイダーに換わるクルマが存在しているのかどうか、そしてその頃には自分がクルマを所有しているのかがわからないからだ。

「次女は、学生は月会費無料になるカーシェアリングサービスに加入して運転の練習を始めています。このクルマで幌を開ければ視界が開けて運転しやすいと私は勧めているのですが、本人には敷居が高いらしいんですね」

そう言って岡村さんは微笑んだ。それだけ若い世代には、クルマを所有せずに利用することが普及しているようだから、将来はもっと一般化しているのではないかというのだ。
そうかもしれないし、そうではないかもしれない。移動のためだけのクルマであれば、シェアリングやサブスクリプションで済ませた方が合理的だと考える時代は、すでに来ているのかもしれない。
しかし、エクリプス・スパイダーのように移動だけでなく、運転する楽しみや喜びもたくさんもたらしてくれるようなクルマは、やはり持ち主とともにあってこその一台だ。だから、岡村さんのエクリプス・スパイダーへの愛着は今後ますます深まっていくことだろう。幌を開けて走ると、海からの風がとても心地良かった。