PAJERO
DNA

ダカールで鍛え抜かれた遺伝子
次なるパジェロへ

世界一過酷と言われるダカール・ラリー。
パジェロがその荒野に挑み続けた理由は、
単なる勝利のためではありません。

どんな道でも走り抜ける“ 確かな安心”と、
“走る歓び”を追求し、
クルマの限界性能へ挑戦するため。

挑戦の先に得られた
多くの勝利と輝かしい成果とともに、
そこで得た技術やノウハウ、
ドライバーや開発者の情熱が
パジェロのDNAとなり、
新型パジェロにも受け継がれています。

ダカールで培った揺るぎない歴史とともに、
パジェロがもう一度、走り出す。

Dakar Legacy
ダカールに打ち立てた金字塔。
荒野に刻んだ偉大な足跡は、
次なるパジェロへと受け継がれる強さの証明。
1983 Pajero Prototype
三菱パジェロ、初参戦、
市販車無改造クラスで優勝
完走率は僅か32%
主要部品を無交換で走りきる
マラソンクラスでも優勝
ベスト・チーム賞
1985 Pajero
日本車初の快挙、
三菱パジェロ総合優勝
22日間の総走行距離は10,284km
前年モデルから
200kg以上の軽量化を実現
1-2フィニッシュで総合優勝
2007 Pajero Evolution
パジェロエボリューションが
大きく進化。7連覇、通算12勝利
参戦25年目という節目に
1-2フィニッシュで7連覇
通算12勝目を挙げ
メーカー最多勝を記録
参戦した4台がすべて完走
Dakar Legacy 1
三菱パジェロ、初参戦、
市販車無改造クラスで優勝

1982年、三菱自動車はオフロードの走破性とオンロードの快適性を両立させた新しい4WD「パジェロ」を発売した。この新型車の実力を世界に証明するため、三菱が挑んだのが「第5回ダカールラリー」への初参戦だった。

送り込まれたのは4台のパジェロで、改造範囲が厳しく制限される「市販車無改造クラス」へとエントリー。日本の京都製作所でエンジン周りなどの補強を行い、その後フランスのレーシングガレージ(SBM)でボディのさらなる補強や安全装備の追加を施し、日仏の技術を結集した体制でラリー車へと仕上げられた。

そして迎えた本番、初挑戦のパジェロは世界を驚かせる快挙を成し遂げる。見事「市販車無改造クラス」で優勝を果たし、総合でも11位という大健闘を見せたのだ。さらに、チームメイトも同クラスの2位(総合14位)で続き、デビュー戦にして見事な「ワンツー・フィニッシュ」を達成した。それだけにとどまらず、主要部品を一切交換せずに走り抜く「マラソンクラス」でも優勝を飾り、三菱自動車チームは栄えある「ベスト・チーム賞」も受賞。パジェロの圧倒的なタフさと高性能を世界に強烈に印象付ける、記念すべき冒険の幕開けとなった。

1983 Pajero Prototype
Dakar Legacy 2
日本車初の快挙、
三菱パジェロ総合優勝

1985年のダカールラリーは三菱チームにとって、そしてまたパジェロにとって、世界にその性能を知らしめさせるきっかけとなった大会である。この年のダカールラリーは総勢552台、四輪部門だけで362台がエントリーする盛況ぶり。難所のテネレ砂漠を2回横断するルートで過酷さを極め、22日間の総走行距離は10,284kmにも及んだ。競技区間(SS)も7,487kmという設定であった。

前回大会で総合優勝を果たしたポルシェ911プロトタイプに象徴されるように、ダカールラリーの高速化に伴い、初の総合優勝を目指す三菱自動車チームも、プロトタイプ仕様のパジェロを投入し2台体制で参戦した。このプロトタイプは市販車をベースとして、さまざまな改良が施され、前年モデルから200kg以上の軽量化、最高速は185km/hをたたき出せるほどだった。

ラリーは数万人の観客が見送る中、ベルサイユ宮殿前をスタート。パリ郊外でのプロローグランには、なんと7万人の観衆が詰め掛けた。レース序盤はオペルに首位に立たれるも、後半から総合首位に躍進。終盤までにもう一台も2番手に浮上し、日本車初の快挙となるパジェロの総合優勝を1-2フィニッシュで飾った。

1985 Pajero
Dakar Legacy 3
パジェロエボリューションが
大きく進化。7連覇、通算12勝利

1983年の初挑戦から一貫してダカールラリーに挑み続けてきた三菱自動車チームは、2007年大会で参戦25年目という大きな節目を迎えた。目指すは、前人未踏の「7連覇」と「通算12勝」という大記録だ。

この記念すべき大会に投入されたのが、全面刷新された新型「パジェロエボリューション」だ。市販の4代目パジェロのデザインを取り入れつつ、車体をイチから新設計。大幅な軽量化や低重心化、さらに空力性能の向上などを徹底し、過酷な砂漠をより速く、よりタフに駆け抜けるための一台へと生まれ変わった。

レースは、三菱自動車とフォルクスワーゲン(VW)の激しい一騎打ちとなり、前半戦はマシントラブルやパンクに見舞われ、VW勢の後塵を拝する苦しい展開に。しかし、後半戦に入ると首位を走っていたVW勢がトラブルやスタックで次々と後退。この機を逃さず、チーム三菱が一気に浮上し、そのままライバルを引き離す圧倒的な走りで、ダカールのゴールを駆け抜けました。

結果、三菱自動車チームは見事ワンツー・フィニッシュを果たし、前人未踏の7連覇を達成。通算勝利数もメーカー最多となる12勝目を挙げた。出走した4台のパジェロもすべて完走し、25年目の節目に三菱の強さを世界へ改めて見せつける記念碑的な大会となりました。

2007 Pajero Evolution

Trail of
Evolution

挑むたびに、強くなる。
歴代ラリーカーの姿は、
極限で遂げてきた進化の証明。
すべての挑戦が共現し、
次世代の技術へと昇華していく。

Rally Team

チーム三菱ラリーアート総監督

増岡 浩

ラリードライバー。世界一過酷なモータースポーツ「パリ・ダカールラリー」において、2002年・2003年総合優勝。また、米国コロラド州で行われる「パイクスピーク・ヒルクライム」にEVレーシングカーで出場し、2012年・2013年はEVクラス2位入賞。2014年6月に開催された同レースでは、EV改造クラス2位(総合3位)の好成績を収め、三菱自動車チームの1-2フィニッシュに貢献した。現在は「アジアクロスカントリーラリー」へ参戦する「チーム三菱ラリーアート」総監督に就任。2022年・2025年総合優勝のチームを率いる。

エンジン開発エンジニア

幸田 逸男

1979年、三菱自動車入社。1981年のランサーターボを皮切りに、スタリオン、ギャランVR-4、ランサーエボリューションⅠ~Ⅵ、WRカーなどでWRCの黄金期を支え、マニュファクチャラーズチャンピオンや4年連続ドライバーズチャンピオン獲得に貢献。さらに、1984年からパリ・ダカールラリーの開発に参加し、2001年から2007年まで7連覇という偉業を達成する黄金期を牽引した。現在はAXCR参戦を通じ、過去に培ってきた技術を若い世代に伝える活動を行うほか、歴代ラリー車両のレストアを通して、若手エンジニアに当時のノウハウやクルマに対する想いを継承する役割も担う。

ラリーパジェロ開発リーダー

乙竹 嘉彦

1990年三菱自動車入社。研究部でのパリ・ダカールラリー出場車の車体開発を皮切りに、同社のモータースポーツ活動を支えた。2009年からは電動コンポの先行研究へと舵を切り、電動過給機やV2X等の先進技術開発を進める傍ら、パイクスピークやAXCR(アウトランダー)の競技車開発を牽引。パワートレイン開発管理を経て、2020年からは先行車両開発にてボデー軽量化や試験車製作に従事した。現在はトライトンによるAXCR参戦を通じ、培ってきた開発ノウハウや先進技術を若い世代に伝える活動を行うほか、先行開発の現場を通して、若手エンジニアに技術の真髄やクルマに対する想いを継承する役割も担う。

1980s

未知なる
荒野への挑戦

  • 1983

    三菱パジェロ、初参戦、
    市販車無改造クラスで優勝

  • #01

    "やっと証明できた"という気持ちのほうが強かった

    "やっと証明できた"という気持ちのほうが強かった

    チーム三菱ラリーアート総監督

    増岡 浩

  • 1985

    日本車初の快挙、
    三菱パジェロ総合優勝

  • 競技で顕在化する
    課題や走行データは
    速やかに市販車へ
    フィードバック

  • #02

    ラックローズの湖にたどり着けなければ、真のゴールにはならない

    ラックローズの湖にたどり着けなければ、真のゴールにはならない

    エンジン開発エンジニア

    幸田 逸男

  • 1986

    プロトタイプ・パジェロ、
    全マシン完走

  • 1987

    三菱vsプジョー、
    熾烈な優勝争奪戦

  • #03

    レースの勝利も、市販車の開発に活かされなければ意味がない

    レースの勝利も、市販車の開発に活かされなければ意味がない

    ラリーパジェロ開発リーダー

    乙竹 嘉彦

1990s

技術の飛躍と
飽くなき探求

  • 1992

    圧倒的な強さで、
    1-2-3フィニッシュ
    1985年以来の2勝目を獲得

  • #04

    "走れる四駆"という信頼は、"操れる四駆"へと深化

    "走れる四駆"という信頼は、"操れる四駆"へと深化

    チーム三菱ラリーアート総監督

    増岡 浩

  • 『パジェロ
    エボリューション』に
    4輪独立懸架式
    サスペンションを採用

  • 1993

    三菱自動車初の
    2年連続優勝
    通算3勝目

  • #05

    常に新しいことに挑戦しないとレースでは勝てなかった

    常に新しいことに挑戦しないとレースでは勝てなかった

    ラリーパジェロ開発リーダー

    乙竹 嘉彦

  • 1995

    三菱パジェロ、
    抜群の安定性
    進化のやまぬ究極の
    オフロードマシン

  • 1997

    三菱、史上初のトップ4独占
    篠塚建次郎、
    日本人初のパリダカ総合優勝

  • #06

    ラリーは、技術者としての人生そのものでした

    ラリーは、技術者としての人生そのものでした

    エンジン開発エンジニア

    幸田 逸男

2000s

黄金時代の到来と
極められた強さ

  • 2001

    女性ドライバー初の
    総合優勝

  • 2002

    前回大会の雪辱を遂げ、
    増岡 浩が完全優勝

  • #07

    強さを、特別なものにしないその信念を、世代を超えて磨き続けた

    強さを、特別なものにしないその信念を、世代を超えて磨き続けた

    チーム三菱ラリーアート総監督

    増岡 浩

  • #08

    疲れないクルマこそが、ラフロードを長い時間全開で走ることができる

    疲れないクルマこそが、ラフロードを長い時間全開で走ることができる

    ラリーパジェロ開発リーダー

    乙竹 嘉彦

  • 2006

    三菱vs
    フォルクスワーゲン
    の対決

  • 2007

    三菱チーム、
    前人未踏の7連覇達成

  • バランスを徹底的に
    磨き込み、
    オンロードと
    オフロードの
    両立を目指した

  • #09

    勝敗は市販車の基本性能で決まると言っても過言ではない

    勝敗は市販車の基本性能で決まると言っても過言ではない

    エンジン開発エンジニア

    幸田 逸男

New
Departure

1983

歴代の想いと技術が交差する、
進化の到達点。

極限で磨かれた強さと
新たな快適性を融合させ、

パジェロの真価がここから再び走り出す。

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