1982年〜
初代パジェロ
気軽に楽しめる快適な4WD車を世界の人々に届ける
走破性と乗用車のような快適性の融合。
RVという新ジャンルの誕生
三菱自動車における4WDの歴史は、米ウィリス社が開発したジープ(CJ3B-J3型)のノックダウン生産(1953年)、そして1956年に実現したジープの完全国産化にまで遡ります。
当時はまだ4WDという機構自体が珍しかった時代。多用途に使えるジープは圧倒的な悪路走破性を備えていました。一方で、実用一点張りで快適性という言葉とは無縁だったため、一般の人が乗るにはかなりハードルが高い硬派なクルマでした。
また、ジープはライセンス契約の関係で輸出をすることができなかったため、市場を拡大していくのが難しい事情がありました。
「乗用車のように誰もが気軽に楽しめる、新しい時代の快適な4WD車を世界に広めよう」
このような思いで開発したのが、1982年にデビューした初代パジェロでした。
ジープは前後ともにリジッドアクスル(車軸式)サスペンションでしたが、パジェロはフロントにダブルウィッシュボーン式独立懸架サスペンションを採用。舗装路での操縦安定性を確保しました。エンジンは振動を抑え静粛性を高めたディーゼルターボを筆頭に、計3種類のエンジンを用意しました。こうしてオフロードからオンロードまで安心・快適に走れるオールラウンド4WDという新たな価値を形にしました。
ダカール・ラリーで卓越したオフロード性能を証明
プロユースの特殊なクルマだった4WD車。三菱はパジェロによって4WD車を誰もが気軽に楽しめるものに昇華させました。一方で開発陣には懸念もありました。
「広く一般の人が乗用車感覚で運転できるようになったことで、これまでジープを必要としていた人たちから、パジェロは自分たちのニーズを満たすことができないレジャー目的の軟弱なクルマだと思われるのではないか」
それを打破するために、開発と並行して一つの策が検討されました。“世界一過酷なラリー”と言われるダカール・ラリーへの挑戦です。
発売翌年の1983年には市販車無改造クラスに初参戦。4台のパジェロが出場し、世界ラリー選手権(WRC)などでも活躍したアンドリュー・コーワン選手がクラス優勝(総合11位)、ジョルジュ・ドビュッシー選手がクラス2位になり、パジェロは同クラスの1-2フィニッシュを達成しました。
1984年からは市販車改造クラスにステップアップしてクラス優勝、総合3位に入賞します。そして1985年には初参戦からわずか3年で総合優勝という快挙を成し遂げました。これらの活躍によりパジェロは高い堅牢性と本格的な悪路走破性も備えていることを証明したのです。
デビュー時にメタルトップバンとキャンバストップを用意したパジェロは、メタルトップワゴン、ロングボディのミッドルーフ、キックアップルーフとラインアップを拡充。4A/T、4輪ディスクブレーキ、3リンク式リヤサスペンションを設定するグレードも追加設定し、4WD車の間口を広げていきました。
1987年には労働基準法が改正されて、週休2日制が浸透します。連休が取りやすくなったことで、人々のレジャー志向が高まりました。パジェロは時代の変化にもマッチし、年を追うごとに販売台数を伸ばしていきました。